2011年4月24日日曜日

4)おカネの価格は何で決まるのか

<通貨の意味を問い直す時代に>

最近、日本銀行に対して金融緩和や国債引受の圧力が高まり、日銀はしきりに「円通貨を増やすと円が毀損する」と発言するようになりました。円の毀損とか日本売りなどの扇動的な表現が先行していますが、そもそも円の価値とは何でしょう。そして、円の価値は円を増やすと本当に毀損するのでしょうか?

おカネの価値は生産力で決まる

おカネには実需を満たすための何の価値もありません。おカネを持っているだけでは、空腹も満たせませんし、雨風をしのぐ事もできません。おカネを食べ物や住む場所と交換することで初めて人々は豊かな生活を送る事が出来ます。おカネがたくさんあっても、それと交換できる商品やサービスの量が不足していればおカネの価値は損なわれてしまいます。つまり、おカネの価値とは、交換可能な財(商品やサービスのこと)とおカネの量のバランスで決まることがわかります。基本的に、生み出される財の量は国内の生産能力によって決まるので、おカネの価値は財の生産能力によって担保されていることがわかります。

現代は経済のグローバル化が進んだため、財の供給は国内生産によってのみ行われるわけではありません。しかし、貿易で必要な財を輸入するためには、それに見合うだけの財を輸出する必要があるため(貿易均衡)、結局のところ国内の生産能力がおカネの価値を支えています。

円通貨を発行しないことが円を毀損する

ですから、もし日本銀行が現金を1円も発行しなかったとしても、日本の経済が不況のままで生産能力が崩壊を続ければ、円の価値は間違いなく毀損することになるのです。つまり円の価値を維持する方法は、円の発行を控えることではなく、財の国内生産力を高めることであることがわかります。財の国内生産力を高めるために円通貨の発行を増やした方が良いのであれば、円通貨の発行は円の毀損ではなく、むしろ円通貨の価値を維持するための積極的な行動であると捉えることもできるのです。経済は複雑な連立方程式であるため、円を発行することだけで円が毀損するという単純な事は起こらないのです。

円の価値が低下しても貧しくならない

多くの人は円の価値が低下すると生活が貧しくなると心配します。しかし実際には逆の現象が起きています。今の日本はデフレで円の価値はどんどん上昇していますが、国民生活は一部の富裕層を除いて苦しくなる一方です。人々の豊かさは円の価値で決まるのでは無いことが証明されているのです。では人々の豊かさは何で決まるのでしょう。これも財の生産力で決まります。

経済は生産と分配が基本です。市場経済の場合、分配を担うのが市場と通貨です。生み出された財の量と交換に用いられた通貨の総額の比率で価格が決まります。これがおカネの価値(おカネと財の交換レート)になります。交換の際に使われるおカネの総額が増加すれば交換レートが上昇してインフレとなります。しかしインフレになったとしても、生産された財はすべて交換されたわけですから、人々に分配され、人々が手にしたことになります。仮にインフレが毎年進行したとしても、生産され、交換される財の量が毎年増え続けるのであれば、人々が手にする財の量は増え続け、人々の生活は豊かになるのです。

つまり人々の豊かさはおカネの価値で決まるのではありません。より多くの財が生み出され、それが市場を通じてより多く人々に分配されることによって人々は豊かになります。おカネの価値とはその市場における財とおカネの交換レートに過ぎません。交換レート(おカネの価値)がどうなろうと、より多くの財が生み出され、より多くの財が交換されるなら何の問題があるでしょうか。

貧困はおカネの価値ではなくおカネの分配の問題

生産される財の量が増えるなら人々は必ず豊かになります。もしそうならないのであれば、それはおカネの価値の問題ではなく、おカネの分配の問題です。市場経済では財はおカネを介して分配されますので、おカネの分配が適切に行われなければ、せっかく大量に生産された財も必要とする人々に行き届かないことになってしまいます。これが貧困です。どれほど財の生産が増えて豊かな社会になっても、おカネの分配が適切に行われなければ貧困が発生します。貧困はおカネの価値が落ちるから発生するのではなく、おカネの分配が適切に行われないために発生します。逆にどれほどインフレになってもおカネの分配が適切に行われ、財の生産が円滑に行われるなら、貧困が発生することはありません。

積極的に円を毀損する必要アリ

デフレはインフレの逆で、おカネの価値が高い状態です。ではおカネの価値が非常に高い今の日本は豊かになったのでしょうか?実際には日本の生産力はデフレとそれを原因とする円高のために衰退しています。中国をはじめとする諸外国に生産拠点がどんどん移転しているのです。それでも日本が悲惨な状況に陥らないのは、移転しているのが低付加価値の商品の生産であり、生産総量が減少しても額で持ちこたえているからです。しかし低付加価値商品を生産してきた国内産業は壊滅し、失業者が溢れてしまいました。

このまま円の価値が高い状態が続けば、いよいよ高付加価値商品の生産も海外へ移転してしまうでしょう。産業の空洞化はTPPなどでカバーできるレベルではないのです(焼け石に水)。すると日本の生産能力は壊滅状態となります。それまで円の価値を支えてきた日本の生産力は崩壊し、円は為替市場において暴落することになります。

デフレで円が暴落、そして財政破綻。これが日銀のシナリオなのです。非常に危険です。これを防ぐためには、異常に高すぎる現在の円の価値を、むしろ積極的に毀損する必要があるのです。円を毀損することで、より深刻な円の毀損を食い止めることが出来る。禅問答でも何でもありません。経済は複雑なフィードバック・システムです。

民間銀行は円を毀損することで利益を得てきたのか?

円を増やすと円が毀損するというのであれば、民間銀行こそ円通貨毀損の元凶であると言えます。なぜなら、民間銀行は自らが保有する「現金」を元に信用創造という手法で「預金」というおカネを作り出しているからです。預金は現金と同じ扱いを受けていますので、その預金を作り出す行為は円通貨の毀損に該当します。現在の「預金」は「現金」の8倍くらいですから、民間銀行は円の価値を8倍も毀損したことになります。そしてこの預金を企業や個人に貸し付けることで銀行は利息を得てきました。ではなぜ円が暴落しないのか?それは、それに応じて生産と消費、つまり経済規模が拡大したからです。

つまりおカネを作り出すことが通貨の毀損であるという考えは根本的におかしいのです。おカネは経済規模の拡大に不可欠なものであり、おカネを増やさない限り経済は拡大しません。そればかりか、おカネを増やさない限り、銀行への利息さえ支払うことが出来なくなるのです(おカネの総額を利息の分だけ増やさないとシステムが破綻する)。

おカネを毀損するとかしないとか、そんなことは経済の本質ではありません。経済の大樹は生産と分配にあります。おカネはその道具に過ぎません。道具に振り回されること無く、本質を見据えたビジョンが今の日本に必要だと思います。

(つづく)