2012年2月5日日曜日

財政収支より富の生産を重視すべき

おカネの収支とは帳簿の帳尻に過ぎません。帳尻を合わせたからといって経済が良くなる事にはならないのです。その典型が、カネがカネを生む「マネーゲーム」です。マネーゲームという手段でも帳簿上は利益がどんどん生まれて収支がバラ色のように良くなります。しかしその実態は資産価格の上昇を背景とした資産売買の繰り返しによって通貨が膨張するばかりで、何らかの富を産み出しているわけではありません。それでも収支は良くなる。つまり世の中のカネが膨張すれば収支は良くなり、カネが収縮すれば収支が悪化する。つまり収支とは富の生産とは無関係な「帳尻あわせ」に過ぎないのです。

従って私たちが重視すべきは「富の生産と分配」であり、おカネはその最大化のために利用されるべきものです。つまりおカネの収支に振り回されるのは本末転倒なのです。収支に振り回されるのは経理=財務省の性癖です。誰でもわかることですが、企業の経営を経理がリードすれば企業は業績悪化で破産します。国家の運営も財務省がリードすれば経済衰退で破産します。(注:上記の分配とは再分配の事ではありません、市場における分配機能の事です。市場の分配機能の不全こそがデフレです。)

収支は「帳尻あわせ」すればよい

収支を神聖化する事は本末転用です。本質は「富の生産と分配」です。ですから富の生産と分配がうまく機能するなら、収支は帳尻あわせで問題ないのです。例えばプライマリーバランス(入ってくるカネと出ていくカネのバランス)の黒字化について考えてみましょう。税収は名目GDPに比例して増大しますから、名目経済成長率を高める事で税収は増大し、プライマリーバランスの黒字化が可能となります。名目成長率は実質成長率+インフレ率ですから、経済をインフレ化することでプライマリーバランスは確実に黒字化します。5%の名目成長率で黒字化すると言われていますから、それは現在の実質成長率2%とマイルドな3%程度の物価上昇の合計により達成可能です。インフレ化は通貨供給(特に市場への直接投入による需要増が効果的)で簡単に達成可能です。ところがこれを強力に否定する勢力が存在します。通貨供給で名目成長率を高める事を「帳尻合わせである」と否定する人々です。しかしこれは無意味な視点です。帳尻あわせが経済にプラスの効果があるならば、むしろ積極的に帳尻あわせを行うべきです。道徳心に囚われる必要はありません。本質は「富の生産と分配」です。より多くの富が産み出され、より多くの人に分配されるなら、帳尻など合わせるだけで良いのです。

ところが日銀はインフレ化を忌み嫌っています。通貨の価値を維持する事に固執しているからです。しかし日銀が通貨の価値を維持する事に固執するがゆえに、日本だけが世界でも例の無い長期デフレに沈んだままであり、これが財政健全化の大きな阻害要因となっています。通貨の積極的な投入により富の生産と分配が増えるのであれば、それに伴うインフレは歓迎すべき現象ですが、日銀はインフレを警戒するばかりで「富の生産と分配」を無視した政策を続けています。

マクロ経済はカネの収支ありきではない

おカネの収支は富を産み出すものではありません。つまり、おカネの収支で富を考える事はナンセンスなのです。社会保障は収支が合えば実現するのか?答えはNOです。より多くの富を産み出すことが社会保障を実現するのです。ですから、まずは生産と分配を最大化するにはどうすべきかを考え、次に、その実現のためにカネの収支をどうすべきかを考えるという順番でなければなりません。最初に収支を合わせることを考えても無意味なのです。

もちろん民間企業はカネの収支を考えなければ即倒産です。民間企業はミクロの経済に立脚しているからです。ところが政府はマクロの経済に立脚しています。ミクロの経済ではおカネの収入と支出、つまりおカネの流れは一方通行です。しかしマクロの経済は循環するおカネの流れに乗っているため、支出は収入となり、収入が支出となるのです。つまりマクロ経済はフィードバック・システムであり、マクロにおけるおカネの収支とミクロにおけるおカネの収支は同じ数字であっても、そこに示される意味が異なるのです。

ミクロ経済とマクロ経済における収支を考える際の決定的な違いは、マクロ経済には通貨量のコントロールという視点があることです。そしてそれは国民の主権なのです。

おカネとは何かを国民が問うべき時代

巷には金融関連の記事が溢れ、素人もネットで投機に参加するような時代にあっても、おカネの本質を正しく知る人はほとんど居ません。社会に氾濫している情報は、人々のカネへの欲望を高めるための「カネの増やし方」ばかりであり、人々の経済活動におけるおカネの持つ本当の意味を問うものは何一つ無い。これでは国民は一生をカネに振り回され、収支という呪いに縛られて終わるだけである。

私たち国民一人一人が額に汗して働き、富を産み出し、それを互いに分配するために、おカネとはどのようにあるべきなのか?マスコミが絶対に触れること無い、この根本的な問題に私たち国民は切り込んでいく必要がある。世界がマネーゲームに振り回されて破綻した今、おカネを問い直す時代になったのだと思います。