2014年10月31日金曜日

追加緩和よりも消費税を5%に戻せ


日銀は量的緩和をさらに拡大し、年間80兆円にするそうです。これを受けて、市場では円安が6年ぶりの水準まですすみましたが、企業が対応するには為替の変動ペースがあまりにも急激です。120円程度の水準は過去にも経験しているため、長期的に企業が対応することは問題ないでしょうが、今はペースが速すぎるのではないでしょうか。

元はと言えば、デフレを脱していないにも関わらず、消費税を8%へ引き上げたことにより、景気の減速が鮮明となり、今回の追加緩和をせざるを得なかったことは明らかでしょう。やはり、消費税の引き上げのタイミングが早すぎた、そのひずみを修正するために追加緩和を行い、また新たなひずみを引き起こす、悪循環が生じている気がします。

ノーベル経済学者クルーグマンも指摘するように、日本は消費税を5%に戻すべきでしょう。

金融緩和とは借金を増やす政策である

多くのメディアに登場するキャスターや評論家のほとんどは、「金融緩和の本質」をまるで理解していないようです。彼らが口々に発言する内容は「金融緩和で市場におカネを供給する」というものです。

確かにそういう一面があります。しかし、その実態とは何か?金融緩和とは、民間銀行から企業への貸し付けを増やすことを目的とします。つまり、「企業の借金を増やす」ことが行われているのです。金融緩和とは企業の借金を増やす政策に他なりません。言葉を変えれば、企業に借金させることで景気を回復させようという手法なのです。

それが何を意味するか?彼らは意識した事すらないと思います。常識というアイマスクを付けたままでは、何を発言しても本質を突くことはできないと思います。

そして、誰一人として、古典的な経済メカニズムである銀行制度に固執することなく、貨幣の供給方法を多様化することを提案する識者は居ません。少なくとも、メジャーなメディアには出てきませんね。そんな事では、日本は常識の殻の中に閉じ込められたまま、海の底に沈んでしまうかも知れません。そんな危機感があります。



2014年10月21日火曜日

借金によって消費が増える?

借金すると消費が増えるかと問われれば、そうでもあるし、そうでもないと答えるしかないでしょう。確かに、家庭や会社のようなミクロ経済レベルでは、消費は所持金(購買力)によって左右されます。ですから、借金をしておカネを調達すれば消費は増えます。

ところが、社会全体のようなマクロ経済レベルでは、消費は借金しただけでは増えません。それより、国内生産力が問題となります。つまりマクロで考えると、社会全体の財の生産量が多いほど、一人あたりが受け取ることのできる財の量は増える。つまり、生産力に応じて消費は増える事が可能となるのです。借金しても、生産力が無ければ消費は増えません。

もちろん、国民の受け取る事のできる財の量を増やすには、消費者におカネがきちんと行き渡らねばなりません。おカネは市場を介して財を分配する道具です。いきわたらなければ消費不足=デフレとなります。それに対処するため、いままでは国債という借金に頼っていました。つまりおカネを借りていたのです。しかしなぜ借金なのか?道具が足りなければ増やす必要があります。

借金というのはミクロ経済での方法論であり、それがマクロでも正しいとは限りません。マクロ経済では「国民の主権である通貨発行」で良いでしょう。国民が「カネを刷れ」と指示すれば、それに政府が従うのは当然ですね。

もちろん、おカネの刷り過ぎはあまり良くありません。刷り過ぎによって生じるインフレへの予防策は以前に書いた通り(預金課税)だと思います。

2014年10月18日土曜日

「脱時間給」が長時間労働を助長する

脱時間給で生産性が高まるような、怪しげな論調がマスコミをにぎわせていますが、そんな程度のことで生産性が高まるんなら誰も苦労などしないでしょう。それどころか、脱時間給で長時間労働が助長され、過労死問題がひどくなる可能性もあると思うのです。

口で言うほど生産性を高めるのは簡単ではありません。ですから、結局のところ、仕事の成果を上げるためには長時間労働に頼る事になります。実際、勤務時間が長いほど、成果はあがります(経験上)。そして、同じ能力の社員同士であれば、長時間労働する社員ほど高い成果をあげます。会社は高い評価をする社員を評価しますから、結果として「長時間労働する社員ほど高い評価を得る」結果を生みます。

従って、脱時間給は生産性を高めることは無く、それどころか、長時間労働をますます強いる結果になると予想されるのです。

もちろん、会社での昇進よりも家庭生活の時間を大切にする人は、長時間労働することは無いと思う人もいるでしょう。確かにそうなのですが、問題はそれで生活できるだけの給与所得が会社から支払われるか、という事です。

「多様な働き方に対応するため、成果に応じた報酬を」などと言いながら、結局は長時間労働して成果を出さないと給料が安くて生活できない、そんな結果に終わる気がするです。


2014年10月17日金曜日

エボラ大問題 これが鳥インフルだったら・・・

エボラ出血熱がアフリカで猛威を振るっています。WHOによれば、現在は患者の拡大が毎週1000人程度ですが、放置すると、12月頃には毎週1万人のレベルに達するそうですから、恐ろしいですね。そうなると、もはや治療や予防などの対処は不可能になり、流行地域の武力による国境閉鎖など、人道的にもっとも厳しい選択をせまられる恐れもあるのではないでしょうか。

それにしても、エボラの治療にあたる医療従事者の二次感染を完全に防止できない状況ですから、治療のためのスタッフを集めるのも容易ではないでしょう。普通の人は、そんなリスキーな仕事はしたくないですからね。早急に医療従事者の安全を確実にする方法を開発して欲しいものです。宇宙服のような完全密閉型で、脱衣する前に滅菌室で完全滅菌するとか。製造に時間がかかりそうですが、既成のもので代用できないのでしょうか。世界が本気になれば、出来ると思うんですけど。

しかし、エボラは空気感染しませんから、まだ対処の方法はあるわけです。もし、これが空気感染する「鳥インフルエンザ」だったらどうなっていたか?今回のエボラのようにぼやぼやしていると、今頃は全世界に蔓延してパンデミックを引き起こしているかも知れません。

当面はエボラ対策が愁眉の急ですが、これを教訓として、もっと恐ろしい「鳥インフルエンザ」に対する備えを万全に整えていただきたいものです。


利子はカネを刷って生まれる

利子はどこから生まれるのか?ネットで検索すると、いろいろな論が出てきますが、その内容は偏った側面から書かれたものがほどんどです。つまり、利子の根拠だったり、正当性だったり、利子の意味するものだったりするわけです。不思議な事に、貨幣の供給面からの意見はほどんと出てきません。もちろん、検索にかかりにくいだけかも知れませんね。

貨幣の供給面から考えた場合、利子はカネを刷って補充されています。もちろん、家庭レベルや会社レベルでは違います。しかし、国の経済全体で見た場合、マクロかつ長期的に見た場合は必ずそうなるはずです。

なぜなら、もし、世の中のカネの量が一定なら、利子としての貨幣はどこからも供給されることは無いからです。その場合、もし誰かの資産(貨幣の貯蓄)が利子によって増えるとすれば、他の誰かの資産(貨幣の貯蓄)は必ず減ることになるのです。数学的にはそうなります。そして時間の経過と共に、最終的に世の中のおカネは、特定のだれかの貯蓄にすべて吸収されます。

もちろん、それを防ぐには、常に利子としてのフロー(損益)の分を消費(財との交換)してしまえば良いわけで、そうするとストックとしての資産(貯蓄)の量は変化しません。

しかし、人間は貨幣愛なるものを感じるらしく、利子で増えた分をすべて消費することはあり得ません。どんどん貯め込みます。すると、先述のように、おカネは特定のだれかの貯蓄に吸収され続けてしまいます。すると、当然ですが流通貨幣が減少して深刻なデフレ不況になるでしょう。

すなわち、そうならないためには、貨幣を供給し続ける必要がある、つまり、利子を補うためにおカネを刷り続ける必要があるという事です。ですから「利子はカネを刷って生まれる」というわけです。

さて、国債の金利を返済するために、おカネを刷ることは悪か?そんなはずはない。ある意味、それは当然とさえ思えるのです。


2014年10月16日木曜日

国の借金は「返済」ではなく「相殺」する

最近まで財政再建は断固反対だったのですが、方針を転換して、財政再建に賛成することにしました。ただし、その基本的な方針は、「国の借金は「返済」ではなく「相殺する」」という事です。

経理を多少でも触ったことがあれば、相殺の意味はわかると思います。相殺とは債権と債務を帳消しにして処理する事です。経理では普通に行われますので、違和感はありませんね。そうです、国の負債を個人や企業の資産と相殺して処理するわけです。

多少でもバランスシートの知識があればわかりますが、そもそも、政府の負債の裏返しが個人や企業の資産であるわけです。政府の負債を減らす(財政再建)ということは、理論上、個人や企業の資産を減らす以外に方法はありません。経理とはそういう仕組みなのですから。

したがって、「借金を返済する」という表現は不自然です。「借金を資産と相殺する」のが正しい。すると、消費税などフローへ課税するのは不自然であり、預金などストック(資産)に課税する方が正しいやり方であることがわかりますね。

で、財政再建をどうするかといえば、以前にも書きましたが、預金課税です。個人の預金、企業の預金に税を掛けます。この税金は、ストックに課税する方式のため、景気変動には左右されず、極めて安定した財源となります。あくまでも、負債は資産と相殺する、という方針です。

消費税の増税は、財政再建を阻害するので中止します。増税による景気低迷のため、かえって他の税収が減るからです。むしろ、預金課税を行うと同時に、消費税を減税し、景気回復による税収増を図るべきでしょう。つまり、

財政再建のためには、

①消費税を減税して景気回復による税収増
②資産(預金)に課税して政府の負債と相殺する

やりましょう!財政再建。


2014年10月15日水曜日

経済は「貨幣の流れ」と「財の生産と分配」を分けて考える

最近とくに痛感する事があります。それは、経済現象を観察する際、経済にかかわる事象を「貨幣の流れ」と「財の生産と分配」の側面に分離し、別々に考える視点がとても有効であるという点です。そして、そののち、この両者を統合する方法を考えることで、問題解決を導くという考えです。

そのような視点から観察すると、経済問題を論ずる際に一般的な識者やマスコミの主張・論評は、そのどちらかが抜けている、あるいは「おカネの話」として、両者がごちゃまぜになってしまっているように見えます。なぜ、そんな事を思うようになったか?それは消費税増税と社会保障(年金)に対する一般的な識者やマスコミの話をよく観察することから着想したのです。

多くの識者やマスコミが騒ぐのは、年金の財源です。これは「貨幣の流れ」に関する部分です。経済におけるすべての活動は貨幣の循環に乗るかたちで機能します(市場経済)。そのため、年金財源も、どこからどのように貨幣を集めて、どこへ流すかという仕組みが必要となり、その仕組みについての議論が盛んになされますが、しかし良く考えてみると、これは「貨幣を流す仕組みの問題」に過ぎない事がわかります。

ところが、実際に老後の生活を支えるのは貨幣ではなく「財(商品やサービス)」です。いくら貨幣の流れを整えたところで、財の生産が十分にできないのでは、高齢者の生活を支えることなどできません。日本国内において、財の生産に必要十分なだけの生産力(輸入・輸出もふくめ)がなければ、そもそも年金財源など無意味な議論に過ぎないと、気が付いたのです。

そして、年金財源など「貨幣の流れ」は制度(お約束)の問題に過ぎず、財源とは「帳尻さえあえば良い問題に過ぎない」と気が付いたのです。帳尻を合わせる手法など、いくらでもあります。消費税の増税にこだわる必要など、まったくないのです。年金の本質的問題はそんなことではなく、むしろ財の生産力を、日本の社会にどう維持、拡大させるかにある事に気が付くのです。

そして、このような「貨幣の流れ」と「財の生産と分配」を明確に分離し、貨幣の流れとはあくまでも「帳尻を合わせる目的に過ぎない」と割り切る考え方は、年金財源だけでなく、他の経済活動に関しても利用できることがわかってきました。

この考えを一言で表せば、「経済を考える際に、おカネを除外して、モノの生産と分配で考える」ことです。おカネに目を奪われて本質を見失うことを防ぐのです。おカネに囚われておカネに振り回される事なく、経済の実体から考えるのです。

おカネとはモノの生産と分配を円滑に行うための道具であり、もし、モノの生産と分配が円滑に進まないのであれば、おカネの流れの仕組み、約束を大胆に変えればよい、という結論に至ります。国民は、おカネの仕組みに縛られるのではなく、おカネの仕組みを支配しなければなりません。



2014年10月12日日曜日

貯めたおカネと刷ったおカネの違い

貯めたおカネと、刷って新たに増やしたおカネに違いはあるでしょうか?ありませんね。どちら同じおカネです。では、貯め込んでいるおカネを使って投資する場合と、おカネを刷って投資する場合では違いがあるのでしょうか。

違いはないでしょう。同じおカネですから、投資による資源投下としての機能は同じです。ならば、おカネを刷って投資したとしても問題はないでしょう。貯め込んだおカネを投資しない社会であれば、これはもう、仕方のない事です。そうしないと、経済が死んでしまいますから。


通貨政策に関して対立する2つのスタンス

世界や日本の金融政策に関する動きを観察していると、実は2つの対立するスタンスのあることがわかります。それは根本的に通貨の機能のうち、何を優先的に考えるかによって異なるのでしょう。

一方のスタンスは、「貯め込んだおカネの独占的な権利を守る」という立場です。典型的な資本主義のスタンスでしょう。従って、この場合は経済を動かす手段は「投資」であり、貯め込んだおカネを活用する方法が中心となります。あくまでも、貯め込んだおカネを利用する、その際に利子を要求します。

別のスタンスは、「経済を財の生産と分配」と考え、そのための手段として通貨を利用する立場です。従って、この場合は経済を動かすための手段としては、貯め込んだおカネに限定することなく、カネを刷って活用する事も厭わない。ですから、量的緩和のような事が行われます。

ですが、後者であっても、いずれ刷ったおカネは誰かの貯蓄として貯め込まれてしまいます。そして彼らも、貯め込まれたおカネの権利を主張するようになります。やがてどんどん刷られたおカネは「巨大なマネー」となって暴走をはじめます。

ですから、通貨の循環を健全に保つためには、貯め込んだおカネの独占的な権利そのものに手を付けねばならないと思います。つまり預金課税の事です。


2014年10月11日土曜日

逆効果の法則

世界の騒ぎを見ていると、逆効果だろそれ、というのがいろいろあります。最近思った逆効果は、

①アメリカは自分の言う事を聞かないイラクのフセイン政権を潰し、今度はシリアのアサド政権を潰そう考えた。ところがフセインを潰し、アサド政権を弱体化させた結果、イラクからシリア周辺に「力の空白地帯」が生まれ、そこにもっと過激な「イスラム国」が誕生。つまり「アメリカがイスラム国の生みの親」になり、手が付けられない状態になるという、逆効果。

②イスラム圏の女性の教育をネットなどで訴えていたパキスタンの「マララ」さんをイスラム過激派が銃撃し、活動を妨害しようとしたところ、逆に国際世論に火が付き、ついにはノーベル賞まで受賞して、マララさんの知名度が飛躍的に向上。寄付も集まって、活動はますます活発になり、女性の教育がますます盛んになるという逆効果。

③イスラム国も、やめりゃいいのに、欧米人の人質の首を切って殺害する始末。これで欧米はイスラム国を殲滅するための大義名分を得て、遠慮なく武力行使に踏み切った。最終的には米軍が地上軍を送り込んで、イスラム国は皆殺しにされるという逆効果。(しかし、これは逆に皆殺しにされることを狙っているのかも。建国が目的ではなく、ジハードと殉教というやつが目的かも。)

わけわからん。いずれにしても、武力で強行しようとするから、逆効果を導いてしまうのではないかと思いますね。問題解決力がなさすぎです。



イラクはフセイン支配下の方がマシだった

「イラクはフセイン支配下の方がましだった」という声がネットで聞かれます。結果論かも知れませんが、イスラム国が出てきて手に負えなくなったのも、強力な軍を擁していたフセインを抹殺してしまった事が原因でしょう。当然フセインは凶暴な政治家ですが、イスラム国よりは国としてのまとまりもあるし、当然、フセインは世俗的でイスラム原理主義ではなかったわけです。ただし強烈な「反欧米主義者」でしたから、大量破壊兵器を保持してるなどとアメリカに難癖を付けられて殺された。イラクと同様に独裁政権だったリビアも、欧米の後押しでカダフィが抹殺されてから混乱しているらしい。

ですから中東には強力な独裁政権があった方がよかった、と思うわけです。しかし、そういう主張に対して、中国も共産党の独裁政権を擁護する理屈として、同様の発言をしているではないか、という反論があるようです。中国にも共産党独裁が必要であると。

いや、しかし多少考えればわかりますが、中東はまだ途上国、しかもかなりの途上国ですよ。そういう発展段階では独裁も必要でしょう。特にイスラム圏なら「原理主義」があるので、これを押さえるためには強力な軍と中央集権体制が必要だと理解できます。しかし、中国はGDP世界2位ですよ。どこが途上国なの。しかも過激なイスラム原理主義などない。あるのはチベットやウィグルで共産党が弾圧をしている反動じゃないですかね。いつまで途上国のつもりか知りませんが、そろそろ民主化するのは当然でしょう。もはや、中国は民主化を先送りする段階ではないと思います。

中東と中国は別。中東は安定が優先。中国は民主化が優先。



2014年10月7日火曜日

財政再建は預金課税にすべき

財政再建のために消費税の増税は必要という話がまことしやかに流されているが、もし増税するのであれば、何も消費税である必然性はないでしょう。財政再建の本質から言えば、むしろ預金課税で行われるべきです。

なぜ財政再建が必要なのか?それは、政府の債務が膨大に増加し、その結果生み出された莫大な債権が家計や企業の預金として膨れ上がっているという、非常にアンバランスな状況を生み出している事にあります。言うまでも無く、個人の預金資産700兆円と企業の内部留保300兆円の合計1000兆円は、政府の債務によって生み出されたものです(バランスシート)。

財政再建の本質とは、「債務と債権の相殺」であり、バランスシートの縮小を意味します。ですから、個人と企業の預金資産に課税し、これを政府の負債と相殺するのが最もシンプルかつ合理的です。ストックはストックと相殺する。なぜこれをしないのか?そこに権力者のドロドロした欲望の罠が見えるのです。


2014年10月2日木曜日

急激な円安=日銀と民主党の負の遺産

急激な円安の原因がどこにあるのか?新聞やTVなどでは指摘されませんが、急激な円安は、民主党政権時代の日銀の通貨供給不足と、それを日銀の独立性を盾に容認してきた民主党に原因があるのです。

リーマンショック以後、世界は一気に金融緩和に走り出しました。アメリカは言うに及ばず、英国、そして当時はEUも緩和姿勢を見せました。それに対して日銀は口先だけ「大胆な緩和」を言いながら、諸外国に比べて驚くほどわずかな緩和しか行わなかったのです。

ですから、投機筋はそこに目を付け、「円は安全資産だ」とかお世辞を言いながら、喜んで円をバンバン買いまくり、極端な円高が一気に進みました。本当は、世界が金融緩和に向かえば、日本も当然ながらそれに合わせなければならないのですが、日銀はのらくら言って、緩和しない。

そして当時の与党である民主党は、当然ながら日銀に対して、世界に足並みをそろえて金融緩和するよう指導すべきであったにもかかわらず、「日銀の独立性」などという日銀を神聖化するいいわけをありがたく拝聴し、日銀の好き放題にさせた。そのあげく、世界的に不評な「為替市場介入」をちまちまやって非難され、しかも焼け石に水という有り様でした。

そこで、安倍政権になって、傲慢な日銀に圧力をかけ、ようやく世界標準の「金融緩和」にこぎ着けたものの、時すでに遅し。金融緩和を先行してきたアメリカの景気が、遅れて緩和を始めた日本より先に回復し(当然です)、金融緩和を絞り始めた。そうなれば、今度は投機筋が円を売ってドルを買うのは「あたりまえ」。今度は極端な円安に進み始めたというわけです。

そうです、民主党政権の時に、世界に足並みをそろえて金融緩和を強力に進めていれば、リーマンショック後の急激な円高と、今回のような急激な円安はありえなかったはずなのです。おかげで日本は「往復ビンタ」状態に。しかし、民主党も日銀もだんまりを決め込んでいます。そして、当時「日銀の独立性」を盾に日銀を神聖化してきたマスコミもまた、だんまりを決め込んでいます。腐りきっています。

極め付きが、本国会での民主党の代表質問だ。いわく「自民党の政策は世界に周回遅れだ」という。一体、だれが周回遅れにさせたのか?笑うしかない。