2015年10月11日日曜日

ゆがんだ世界記憶遺産に意味あるか

ユネスコの世界記憶遺産に中国共産党が一方的に主張する「南京大虐殺」なる虚構が登録されました。これは極めて遺憾です。政府はこれに対して、単にユネスコに抗議するだけではなく、実際に制裁を持って対応する必要があると思います。つまりユネスコへの拠出金を永久に半減する措置です。ユネスコにおいて政治的に中立な立場が確保できると判断されるまで無期限の半減です。

ユネスコの拠出金については、拠出金負担率一位(22%)を占める米国がパレスチナのユネスコ参加に抗議して4年間支払いを拒否しているといいます。日本も拠出金負担率二位(10%)ですが、これは米国同様に支払い拒否に値します。ただ、今のところ半減に留めます。もし従軍慰安婦などの登録があれば、永久に100%拒否も辞さない姿勢を示すべきです。

そもそも、世界記憶遺産なるものは、極めて問題が多い。

なぜなら、各国が自国の都合で申請して登録するものだからです。そのため、各国のご都合主義な「世界記憶遺産」ができてしまいます。そうなると、そもそも、世界共通で記憶すべき、「世界記憶遺産」の全体像が、各国の都合で著しくバランスを欠いた姿になることは必至です。歪んだ世界記憶遺産に意味があるのか?

たとえば、中国において世界の歴史に記憶すべき残虐行為があったとすれば、当然ながら「大躍進政策」が筆頭であり「文化大革命」「天安門事件」が続くわけです。さらにはウィグルやチベットにおける弾圧による虐殺もあります。もし、世界記憶遺産としてのバランスを考え、記憶遺産の全体像として整った姿、あるいは世界全体で共通の認識を持つべき事実の総体をつくるのであれば、当然ながら、大躍進政策、文化大革命、天安門、少数民族弾圧が含まれなければならないわけです。

しかし現在の記憶遺産はそうではないのです。各国が勝手に自分の都合で申請し、それで世界の記憶遺産の全体像が形作られるのです。ご都合主義の「ゆがんだ世界記憶遺産」に、人類にとって果たして何の意味があるのでしょうか。

ひとこと言わせていただきます。

ゆがんだ世界記憶遺産なんかやめちまえ。