2017年6月22日木曜日

ベーシックインカムで右派と左派が共闘できるか

右派も左派も一般大衆が大部分なのですから「自分達の生活の豊かさを求める点」で同じはずです。ですから例えばベーシックインカムで右派と左派が協力しても良さそうですが、そう簡単にはいかないようです。「それ以外の違い」が大きな障害になってしまうからです。

なぜなら、もし右派、または左派の政権が誕生したとき、共通の利益とは違う部分の政策において、自分達の考えとは異なる政策が実施されてしまうのではないか、と恐れるからです。

具体的な例では、外交政策があります。仮にベーシックインカム制度の導入に向けて右派と左派の方向性が一致したとします。しかし、仮に左派が政権として主導権を取れば右派が恐れる「中国共産党に親和的な外交」を行われる可能性があるわけです。こうした「恐怖・不信感」が主導権争いを生み、生活の豊かさを求めるべき者同士が互いに潰しあいをします。

それを防ぐ手立ては無いのでしょうか?

連立政権というケースがあります。単独政党で過半数を取れず、連立が必要な状況であれば、両者に共通の政策だけが、まず優先されることになると思われます。

例えばベーシックインカムを主張する左派と、右派が、それぞれに議席の1/3を確保したと仮定すると、その両者はベーシックインカムの推進に関しては一致できます。ですからベーシックインカム政策は推進可能です。外交政策に関しては、他の政党との関連性で決まるわけです。もちろん、そんな都合の良い状況が簡単に生まれるとは思いませんが。

さて、現状の日本でそうした状況が生じるとしたらどんなケースでしょう。たとえば、仮に日本共産党がメイン政策としてベーシックインカムを打ち出したとします。まあまあ、例えばの話ですよw。

もちろん、ベーシックインカム制度にも立場によって違いがあるため精査は必要ですが、仮に十分に評価できる内容であれば、日本共産党の他の政策に大反対であったとしても、ベーシックインカム推進派の右派が、日本共産党に選挙で投票しても良いかも知れません。なぜなら、もし、日本共産党が伸びたところでいきなり政権を取る事はあり得ないので、それほど心配する必要はないからです。

もちろん、それだけでベーシックインカム制度が実現できるはずもありません。しかし、もし共産党がベーシックインカムを前面に押し出して得票を伸ばしたなら、他党は間違いなく危機感を覚えるはずです。すると他党が対抗上、ベーシックインカムを政策として取り入れる可能性が出てきます。あちこちの政党でベーシックインカムを政策に取り入れるなら、投票先政党の選択肢は増えますし、それに比して政策の実現可能性は高まります。

つまり、「右派でも左派でもいいから、朝から晩までベーシックインカムを主張する政党が出てくる」のが望ましい。そして国会でも、与党を攻撃して引き摺り下ろすことに時間を使うのではなく、徹底的にベーシックインカムの議論を吹っかける。口を開けばベーシックインカム。もちろん、人工知能、技術的失業問題など、最先端のテクノロジーや世界的なベーシックインカム推進の動きも交えて。

ですから、ベーシックインカムで右派と左派が共闘するには、日本の野党(このさい右派でも左派でもいい)に、ベーシックインカムを政策として採用させ、それ一本で押させる、あるいはイタリアの五つ星運動のように、ネット運動を通じて、ベーシックインカム一本で押すような政党運動を起こすことが必要かも知れません。そして右派も左派も、とりあえずそこに投票するわけです。

まずは、頭の固い連中の脳みそに風穴を開けることが先決で、そこに右派と左派が共闘できる可能性があるかも知れません。


2017年6月21日水曜日

ベーシックインカムは労働の価値を高める

ベーシックインカムを実施すると働く人が減ると騒がれています。しかし働く人が減れば労働の希少性が高まり、労働の価値が高まります。つまり「労働する人が感謝される社会になる」と思われます。

働かなければ生活できない社会では、労働するのが当然ですから、労働に対する感謝の気持ちが弱まります。すると「安い賃金で働かせても当たり前だ」としか思わない経営者が出てきます。「ブラックのどこが悪い、オレが雇わなきゃお前は死ぬしかないんだ」なんて言うヤツも現れます。

また、一般の消費者の中にも「オレは客だから神様なんだ」と勘違いする人が出てきます。モンスター化し、コンビニの店員に土下座を強要したり、宅配が遅れたと言って集配所にチェーンソーを持って来て暴れ、おまけにツイッターにそれら映像を投稿して自慢するヤツまで現れます。

労働する人に対する感謝の気持ちが欠落している社会。カネ貰ってるんだから、労働するのは当たり前だろ、苦労するのは当たり前だろ、としか思わない社会。これは「労働に対する冒涜」であるとも言えるでしょう。

もし、ベーシックインカムが実現したならば、労働しなくとも所得が保障されるのですから、労働者の立場から言えば、ブラックな経営者やモンスターの客に頭を下げて働く必要はありません。そんな連中のために働く必要はまったくないのです。

労働者は、労働に感謝して敬うことのできる経営者と共に働くことが出来ます。そのような場合は、無償での労働も苦ではないでしょう。また、お客様との立場も逆転します。労働者が客を選ぶ立場になり、横柄な客はサービスを受ける資格を失います。感謝の気持ちを持たない客は客じゃない。感謝してくれる人のために働くのです。そういう社会になるわけです。

労働者はカネのために働くのではなく、人の役に立ち、人から感謝されるために働くようになり、顧客はカネを払っているんだからあたりまえではなく、サービスを提供する人に感謝するようになる。そのような社会では労働は希少であり、労働は尊いものであり、労働は尊敬される行動になるでしょう。


2017年6月20日火曜日

アベの一億総活躍社会は20年古い

安倍政権の推進する一億総活躍社会は20年古い。失われた20年に突入する頃にその政策を唱えたなら、もろ手を挙げて賛同します。しかし人工知能やロボットの本格的な普及を目前にした現代では、もはや時代遅れも甚だしいと思うのです。

理由は簡単です。人工知能やロボットによって労働力が加速度的に必要なくなるわけですから、すべての人を活躍させる(仕事を与える)ことは早晩、不可能になるからです。もちろん1~2年先の話をしているのではありません。ビジョンのことです。ビジョンとして、いまさら「総労働社会」を打ち出しても、すぐに陳腐化するでしょう。これからは「所得保障社会」なのです。

ところで安倍政権は「人材投資」などと言い出しました。これは明らかに民進党などが主張している「人への投資」へのあてつけなのです。実際のところ人への投資は意味のあることです。しかしそれより何より、民進党の主張する政策の「お株を奪う」効果が高いのです。一億総活躍にしろ、人材投資にしろ、賃金の上昇による経済の好循環にしろ、これを自民党がやれば、もはや民進党にはイデオロギーで騒ぐ以外に出番はありません。

なぜ民進党の出番が無いのか?それは民進党が50年くらい古いからです。安倍よりもさらに古い、労働組合運動の華やかなりし時代に、今でも生きているからです。労働者の権利、雇用の確保、賃金引上げの枠でしか政策を考えられないため、それを先に打ち出されてしまえば、もはや民進党に出番はありません。

だから、安倍政権の先を行くビジョンが必要です。

安倍政権のビジョンは古い。だから人工知能やロボットの普及を見据えたビジョンを打ち出すことで、安倍政権の政策を陳腐化することが可能なのです。もちろんビジョンは実行可能なロードマップを示す、具体的な行動手順を示す、など緻密な提案でなければ意味がありません。それこそ技術者を集めて本格的な政策立案を行う必要があるでしょう。また、そうした技術者を集めたオープンな会議や講演会を行うことで、党の先進性を打ち出し、イメージアップや支持率向上を図ることもできるでしょう。

もし優れたビジョンと計画を示すことが出来れば、それこそ政権交代に相応しい政党に生まれ変わるでしょう。そして、それが出来て国民に認められる事で、支持率が高まるわけです。安倍政権を引き摺り下ろせば支持率が高まるわけではありません。

しかし、日本の野党にそれを望むのは無理かも知れませんね。日本の野党はあいかわらず50年前の時代を、いま、生きている人々なのですから。

2017年6月19日月曜日

資源過剰によるデフレは良いデフレ

テクノロジーの進化によって利用可能資源の幅が広がると、資源の供給量が爆発的に増加して、資源価格は暴落するでしょう。すると原材料費が低下して価格が下落し、デフレを引き起こすと考えられます。しかしこのデフレは良いデフレかも知れません。

今日問題になっているデフレは「おカネが回らないことによるデフレ」です。商品も資源も十分にあるにもかかわらず、消費者の購買力が低いためにモノが売れずにおカネがまわらない。モノが売れないために市場競争によって市場における販売価格がますます低下し、結果として失業を生み、格差を拡大してしまいます。悪いデフレです。

一方、資源価格が下落するとコストが低下するため、それに伴って価格が下落し、デフレになる可能性があります。この場合は「売れないから市場競争によって価格を下げざるを得ない」のではありません。原材料費が下がるので、ほとんど自動的に価格が下がります。

価格が下落するため、企業の売り上げ総額が減少するかも知れません。しかし同時に原材料費も減少しているため、利益は減りません。むしろ、価格の低下によって売り上げ数量が増加する可能性があります。売り上げ数量が増加すると、利益総額が増加します。

利益総額が増加すると、企業は投資を増やしますし、また従業員に支払う賃金を増やす可能性もあります。すると、労働者の購買力が拡大し、消費も増加する可能性があります。こうして、物価が下落する、つまりデフレにもかかわらず景気がよくなる現象が生じる可能性があると思います。

不景気とインフレが同時に生じる現象を「スタグフレーション」と呼び、これは資源価格が高騰する(資源が不足する)ことで生じます。ですから、その逆に、資源が供給過剰になれば、好景気とデフレが同時に生じても不思議はありません。こうしたことは今まで考えられなかった事態なので、名称はありませんけど。

してみると、ただ単純に「インフレが良い」「デフレが悪い」だけで判断することが、必ずしも正しいと言えないと思われるわけです。たとえば最近、原油価格の下落によってデフレを増長しましたが、これは必ずしも悪いことではありません。ただし、原油を産出している国にとっては、良いことではありません。世界全体としてみれば資源の供給過剰は悪いことではないのですから、何かしらグローバルな調整が必要な時代なのかも知れません。

テクノロジーの進化は人類のすべての人々にとって、とても重要であり、政府は国を挙げてテクノロジーの進化、資源利用技術の開発に取り組むべきだと思うのです。それによって「モノが安くなって、なおかつ景気が良くて豊かになる」社会が実現するかも知れません。


2017年6月15日木曜日

陰謀論のすすめ

陰謀論を信じない、そう公言する人は大勢居ます。しかし信じようと信じまいと、世の中が陰謀によって動いている事実を曲げることはできません。陰謀であるがゆえに、証明が不可能なだけです。証明出来ないからといって、存在しないわけではありません。

世の中には陰謀(はかりごと)がないどころか、実際の世の中は陰謀抜きに考えることは不可能なほどです。社会に出た事のない学生かお花畑の人ならまだしも、ひとたび社会に出れば、弱肉強食の競争原理の中で、生き残りをかけて、多くの人が、仕事の場面において謀略を経験しているはずです。市場は利益競合する者との戦いだからです。もちろん謀略を行う人が「謀略なんて考えたこともない」と言うのは当然です。下手をすると無意識にやっているかも知れませんね。もちろん犯罪にならない範囲でのことですが。

普通の日常社会においてもそうなのですから、これが国家間となれば、ますます陰謀は重要な役割を果たすようになるでしょう。国家の動きを陰謀論抜きで考えるのは愚かです。中国も韓国もアメリカも日本に陰謀を仕掛けてきますし、もちろん日本も陰謀を仕掛けるでしょう。陰謀なき国家は弱肉強食の世界では食われて滅びるのが宿命です。

ですから、ある意味で陰謀論をお勧めします。

もちろん陰謀をやたらに信じて大騒ぎするのは愚かです。陰謀は陰謀なのですから推測の域を出ないからです。もちろん諜報機関によって陰謀を知ることも重要ですが、限界がありますし、日本ではそんな機関すらありません。ですから、あくまで推測であることを踏まえなら、相手の行動を観察し、何を意図しているのか、隠された意図を探らねばなりません。日常の近所づきあいならまだしも、生き馬の目を抜くような国際社会において、相手の言葉通りに受け止めるのは自殺行為です。

常にあらゆる陰謀の可能性を排除せず、仮にそれが事実である場合にそなえてあらかじめ手を打たねば手遅れになります。陰謀にも過去の事例があるはずなので、そうした陰謀の研究はとても重要だと思います。

近年において陰謀に最も用いられる手法は、プロパガンダではないかと思います。プロパガンダは新聞マスコミを通じて拡散し、世論を誘導します。これは民主主義、とりわけ言論の自由が制限されていない先進諸国において大変に効果的です。

このような陰謀に基づくプロパガンダが、新聞マスコミを通じて常に仕掛けられていると考える必要があります。ですから国民は、新聞マスコミ報道をそのまま信じるのではなく、その隠された意図を推測して備える必要があると思うのです。


2017年6月14日水曜日

報道の自由より偏向報道の自由が問題

報道の自由が大切であることは当然ですが、日本の場合は報道の自由が制限される心配より、むしろ新聞マスコミによる偏った報道やプロパガンダまがいの報道が「自由に」行われていることのほうが遥かに心配です。

新聞マスコミ等のメディアは、ナチス・ヒトラーのメディア戦略でも明確なように、プロパガンダによる国民の洗脳工作に用いられるリスクが内在していると常に認識する必要があります。つまり、報道の自由を保障するとは、裏を返せば「自由に洗脳できることを保障する」意味があるのです。そしてプロパガンダを行うのは何も政府とは限りません。マスコミそのものがプロパガンダを行う可能性を排除することはできません。

もちろん、報道の自由を軽視すべきであるというのではありません。報道の自由は大切です。しかしあくまでも報道の自由は諸刃の剣であり、ただ単純に「報道の自由はすばらしいねー」だけで安心していてはいけないと言いたいのです。メディアは常にウソを流して国民を陥れようとする危険性がある。それを忘れてはいけないわけです。

そうした中で非常に重要なことは、「メディアの多様性の拡大」です。幸いにしてインターネットの普及によりメディアの多様性は拡大し、前世紀のように新聞やテレビがメディアを独占していた次代は徐々に終わりつつあります。しかし、あいかわらず朝日、読売、日経新聞などの大新聞が存在し、かなり高い独占状態にあります。このような少数の資本によるメディアの独占状態こそ、プロパガンダによる国民誘導のリスクを高めるのです。

新聞にしろテレビにしろ、そうした独占状態を打ち壊して、より多くのメディアにより、多様な報道がされることによって、初めて報道の自由の真の価値が発揮されるようになると思います。



2017年6月13日火曜日

排他的民族主義と共生的民族主義

民族主義と聞けば、世間ではナチス・ヒトラーの民族闘争思想のような排他的な民族主義を連想するようです。しかし民族主義はそもそも排他的である必然性などありません。各民族が互いに協力して、それぞれのコミュニティーを高める共生的な民族主義こそが、本来あるべき民族主義です。それは民族をごちゃ混ぜにする資本主義的な、いわゆる「多文化共生」とも本質的に異なる考えだと思います。

近年、拝金主義的なグローバリズムに対する人々の不信感、あるいは過激派のテロ攻撃による社会不安から、各国で民族主義的な動きが高まっています。こうした動きを新聞マスコミは危険視し、ステレオタイプな「排他的民族主義」と断定して、民族主義的な運動に対するネガティブ報道を展開しています。

しかし、少し冷静に考えればわかることですが、「生き残りをかけて民族が戦う」ような帝国主義時代における民族主義思想が現代に通用するはずもありませんし、その必要もありません。それを現代においてやっているのが北朝鮮です。しかしあれでは民族が衰退するばかりであり、民族の幸福と繁栄を実現することは不可能です。誰もそんな民族主義を望んでいるはずがありません。

現代において、民族の幸福と繁栄を実現するためには(多民族国家であったとしても)、自国のエゴだけ押し通すより、むしろ多くの国々(民族)と協調し、共存共栄を図る方が有効です。もし、ある国が貧困状態に取り残され、資源を搾取される立場にあるとすれば、その国が過激な民族主義に染まり、民族の生き残りをかけて戦争をしかける危険な状況に陥るリスクもあります。その意味からも、世界の各民族は互いに自由・平等・博愛の精神で相互支援する必要があります。

ですから、今日、目指すべきは共生的民族主義です。

共生的な民族主義は、まったく過激ではありません。むしろ、いかに他の民族を助けるかが、現代の民族主義にとって重要です。そこには「互いの民族・文化を尊重する」高い意識が必要となります。どれほど経済力が低い国であっても、民族として尊重する、そして尊重される。地球の多様な民族文化を維持発展させるための、グローバルな民族の共同体です。

それは、現代における拝金主義的なグローバリズムとはまったく異なります。拝金主義的なグローバリズムの第一義はカネであり、企業であり、民族ではありません。グローバル大企業の共同体です。そのため、多文化共生といいながら、実際には多文化をごちゃまぜにしてミックスしてしまうことで、民族特性は消し飛んでしまうのです。そして企業と株主の幸福と繁栄が追求される、世界統一拝金社会になるのです。

今日における民族主義運動にも、様々な立場はあると思います。中には戦前の民族闘争思想を持っている時代遅れの人々もいることでしょう。しかし、今日における民族主義的な運動の大部分はむしろ民族としての団結、共同体、文化、アイデンティティーを維持すること、つまり、本当の意味で多文化を維持し続けようとする立場に親和的なはずです。そのためには、民族間には「境界線」による秩序が必要なのであり、拝金主義思想に基づく「ごちゃまぜのカオス世界」を安易に認めてはならないのです。

まったく問題ありません。

問題があるとすれば、その手法が「稚拙」である場合です。たとえば自国内にいる異民族を暴行するとか、ヘイトスピーチするとか、差別するとか、そんな手法はまったく無意味です。彼らの自己満足を満たすだけであり何の解決にもならないからです。





2017年6月12日月曜日

生産性が向上しても投資は増えない

投資が伸びないのは日本の低い生産性に原因がある、などと新聞マスコミは書いています。しかし生産性が向上したところで企業の投資は増えないでしょう。私が株主だったら、生産性が向上しても新たな投資などせず、企業に配当金を要求するだけです。

なぜ企業や投資家が投資をするのか?それは投資に見合うだけの利潤の増加を期待するからです。そのためには、投資することで企業の売り上げが増加しなければならないわけです。

デフレで景気が悪く売り上げが増えないとすれば、投資に対する利潤の増加は見込めません。そんな状況では投資効率が悪すぎてカネをどぶに捨てるようなものです。ただし、企業や社員の努力で日本の生産性が向上すれば利潤は増えますので、配当金を要求します。ただし再投資して供給力を増やすよりもカネを回収したほうが得ですから、再投資せずに配当だけ回収します。

逆に言えば、生産性の如何に関わらず、売り上げ総額が増える見込みがあれば、投資する価値があります。生産性が上昇しなくても投資によって供給力を増やすほど確実に利潤が増えるからです。ですから、ごく当たり前に考えて、生産性の向上よりも売り上げの増加の方が投資を促進するでしょう。

一方、投資によって生産性を向上することで利潤を増やす方法はあります。本当に日本の生産性が低いのなら、投資によって生産性を高めることができます。この場合は新聞マスコミの言うような「生産性が向上することで投資が促進される」のではなく、「投資によって生産性が高まる」のです。つまり新聞マスコミの解釈は本末転倒です。

ただし、投資によって生産性を高めるとは、たとえば人工知能やロボットを導入することを意味します。つまり、それによって従業員をリストラし、人件費コストをカットすることで生産性を向上させるわけです。その結果、失業者が増大して、経済にはデフレ圧力が生じます。しかも、投資家は配当金を抜くだけで、デフレ環境下で事業を拡大しようとは考えません。自分なら抜いた利益で売り上げ増加の見込める途上国に投資します。

ですから、変なことを考える必要はありません、
ヘリマネで国民におカネを配ればよいのです。

そうすれば企業は「売り上げが増える」と予想しますから、企業も資産家も設備投資に動きます。投資増と消費増の両方が期待できます。そして企業の売り上げが増えれば、従業員1人当たりの売り上げ(=生産性)が増加しますから、生産性は必然的に向上すると思います。

2017年6月8日木曜日

失業率低下しても賃金伸びないワケ

新聞マスコミは「失業率が低下しても賃金が増えないのはナゾだ」と騒いでいる模様です。しかし、GDPがお涙程度しか増えていないのに、雇用の大部分を創出している中小企業や派遣非正規の給料が増えるわけないのは当然かも知れません。

労働市場において、労働資源の供給が不足すれば賃金が上がる。確かにそうなんですが、考えてみると、そもそも、より多くの賃金を支払うための「おカネ」(原資)はどこから湧いてくるんでしょうか。売り上げですよね。その売り上げが増えないのに、どうやったら賃金を増やせるんですか。いくら人手不足だってカネがなければ払えないです。

企業の売り上げが増えないと、いくら人手が不足しても、賃金なんか払えませんよね。それ以外にどこからそんなカネが湧いてくるのでしょうか。

あるとすれば、借金です。借金を増やせばおカネが増えますからね。企業が人手を確保するために借金を増やして賃金を上げる(つまり投資)。確かに今は人手が欲しいけど、消費税が2019年に増税されることになっているわけですから、景気がどうなるかわかったものではありません。不況予測が立ちます。不況予測があるのに、借金してまで賃金を増やすなんてリスクが大きすぎますよね。

自分が中小企業の経営者だったら、人手は欲しいけど、カネがないから賃金は上げられない。2019年には不況も待っている。業務の効率化や残業でまず乗り切ろうとします。だから、求人は出すけど(求人倍率の上昇)、賃金は上げない(賃金伸び悩み)。

金融緩和でわずかばかりのGDPが増加したところで、大企業の内部留保と資産家の配当金が増えるだけです。とてもとても国民の大多数を占める中小企業や非正規雇用の賃金なんか増えるはずありませんよ。

くだらないことで悩んでないで、さっさとヘリマネでカネを撒けばいいんです。そしたら、あっという間に企業の売り上げが増えて、賃上げの原資が確保できます。カネがあれば賃金を払えます。ですから、もし人手不足が本当だとすれば、ヘリマネすれば賃金なんかすぐ増えます。

まずそこが好循環のスタートですよね。


2017年6月7日水曜日

アリの貯蓄とヒトの貯蓄の違い

アリと言えば冬を越すために食料を貯め込む、という印象がありますね。アリの貯蓄。ヒトも老後に備えて貯蓄するわけですが、この両者の貯蓄には本質的に大きな違いがあります。それは貯め込むものが「財かカネか」の違いです。

アリの蓄えは食料です、現物ですね。いわば消費「財」です。モノとして貯蓄するわけです。これは貯蓄の最も原初的な形態だと思います。必要な食料を溜め込み、それを直接に消費することで生活できます。これらの消費財は溜め込むときにすでに世の中に存在しているものを利用します。いまあるものを、手元に溜め込んでいます。

ヒトの蓄えはもっぱらカネです。これは「財」ではありません。何しろカネを食べたり飲んだりできませんから。あくまでも、食料などの消費財が必要になったその時に、カネとモノを交換することで手に入れるわけです。つまり、財を溜め込んでいるのではありません。では何が溜め込まれているのか?現在、世の中には存在しない、未来において生産されるはずの何かと交換できるという「約束」です。これは人間社会に独特な、不思議な貯蓄です。

アリの貯蓄は現物ですから、確実です。腐敗するので長期保存の難しいものもあるでしょうが、使用価値そのものを保存するので確実に価値が保存されます。そして貯蓄するときに、食料がたくさんあればよりたくさんの貯蓄が出来ます。すなわち、今、たくさん生産することが重要です。

ヒトの貯蓄はカネですから、確実ではありません。もし将来に国の経済が破綻してしていれば、何も貯蓄しなかった場合と同じになります。使用価値ではなく交換の約束を貯めているだけだからです。そして、貯蓄をする際には、世の中により多くの財があっても無意味です。貯蓄するときに世の中の材がどれほど豊富でも貯蓄とは何の関係も無く、得られる財の質と量は将来に生産されるであろう財によって決まります。

アリの貯蓄は現物を蓄えるので、誰かの蓄えが多いからといって他のアリが困ることはありません。財は毎年のように生産されるため、もし消費しなかった財を毎年のように溜め込んでいっても、世の中の財が足りなくなることはありません。

ヒトの貯蓄はカネですから、誰かがたくさん蓄えてしまうと、他の誰かが困ることになります。カネは財のように毎年生産されるわけではなく、世の中のカネの量はある程度決まっています。そのため、誰かがおカネを溜め込んでしまうと、別の誰かに行き渡るおカネがなくなってしまいます。

つまり、貯蓄の意味がまったく違います。

ところで、もし、ヒトがアリのような貯蓄をしたならば、つまりカネではなくモノ、財で貯蓄するようになれば、世の中はずいぶんと違った世界になるでしょうね。でも、その方が本質的には健全かも知れません。少なくとも、世の中をおカネが回らなくなるといった心配はありません。

その場合における貯蓄の有効性は、いま、生産を最大化することで実現されるでしょうね。

2017年6月6日火曜日

ケインズ派ならベーシックインカム推進で決まり

新聞マスコミは経済を「なんとか派」に分類するのが大好きですか、自分はどうもしっくりこない。でもあえて言えば、ベーシックインカム推進はケインズ派そのものです。財政支出で有効需要を創出するのですから。

いわゆる「ケインズ派、リフレ派」なる世間一般の認識は自分の認識とはだいぶ違います。まず、ケインズ派ですが、世間ではケインズ派と言えばひたすら公共事業推進という認識です。これまでがそうだったからでしょう。しかし考えてみれば、ケインズの本質は「財政支出による有効需要の創出」なのであり、それを公共事業に限定する必要があるとは思えません。ベーシックインカムも含まれるはずです。ケインズ派は「政府の財政支出によって有効需要を増やし」、世の中のおカネを回すことが本質だからです。

一方でリフレ派は基本的に金利です。金利操作によって民間の設備投資を誘導しようとする方法論になります。「金利を操作して民間投資・消費による有効需要を増やし」、世の中のおカネを回すことが本質です。リフレ派におけるインフレ予想もあくまで金利(実質金利)のマイナス誘導が目的です。ここにはベーシックインカムの考え方は微塵もありません。

ですから、ベーシックインカムはあくまでもケインズの有効需要に基づく方法論であり、ベーシックインカム推進はケインズ派の考えに極めて近いのです。ケインズ派の皆様は、ぜひベーシックインカムを積極的に推進して欲しいですね。国民におカネを配っても貯蓄されるだけ?いえいえ、それは人々の貯蓄が少ないからです。好きなだけ貯蓄させてやったら、そのうち使うようになりますよ。それで何か問題あるとは思えません。

もちろんベーシックインカムをやったからと言って、公共工事をやめてしまう必要はないわけです。ただし公共工事は景気の変動に合わせて増やしたり減らしたりするのではなく、必要に応じてしっかりベースアップして、その額を長期安定的に継続する必要があります。企業経営においては「長期安定」が設備投資の判断にとって重要だからです。短期変動では困るのです。

ところで、リフレ派に対する世間的な認識もかなりおかしいです。世間的にリフレ派は世の中のおカネを増やすという認識です。しかし日銀が市中銀行から国債を買っても現金(マネタリーベース)が増えるだけで、世の中のおカネ(マネーストック)は1円も増えません。企業や個人が銀行から借金をしなければ世の中のおカネは増えないわけですが、あたかも日銀が世の中のおカネを増やしていると思われているのです。ネット上の日経新聞のイラストがまさにそれでしたね。ハイパーインフレがー。企業がカネを借りないのに、どうやったらハイパーインフレになるのか摩訶不思議です。

こうしたおかしな認識は、新聞マスコミによって世間に広められ、人々の経済に関する判断力を狂わせていると思います。

ところで、「ケインズ派かリフレ派か」の二者択一である必要なんかありません。ケインズ派とリフレ派の「良いとこ取り」が最もいいです。それがヘリコプターマネーです。財政出動で有効需要を増やし、同時に世の中のおカネ(マネーストック)も増加するからインフレ予想も立つ。公共工事もできる。まさにケインズ派とリフレ派の両方にとって満足できる政策ですよね。

2017年6月5日月曜日

「貯蓄は社会に損害を与える」との認識が必要

生産不足(インフレ)の時代から消費不足(デフレ)の時代へと時代は大きく変化しました。それに伴い、これまでの価値観は大きく見直されるべきでしょう。その一つが貯蓄です。「貯蓄は社会に損害を与える」との認識を持つ必要があります。

戦後の生産不足の時代においては、市中銀行の信用創造が加熱すると、たちまち世の中のおカネが増えて消費が増加し、物不足からインフレを引き起こしてきました。ですからインフレを抑えるためには消費を抑える必要があります。

ですからインフレの時代において「貯蓄は美徳」でした。国民がどんどん貯蓄すればおカネが消費に向けられませんから、インフレを低く抑えることができるわけです。その一方、信用創造で作られたおカネは消費よりも投資へと向かい、日本の生産力をいちはやく向上させることができたわけです。

ところが、日本の生産力が次第に大きくなり、さらには自由貿易で途上国からも商品が供給されるようになった今日、供給力が過剰になり、相対的に消費が不足するようになりました。そうなると商品が売れ残り、商品価格が下落するデフレが生じるようになります。それが企業の収益を悪化させ、従業員の解雇、賃金引下げを引き起こします。

デフレの時代において「貯蓄は悪癖」です。国民が貯蓄すればするほど消費が減り、ますますデフレが悪化してしまうからです。そしてどれほど生産性が向上しても、貯め込まれたおカネが死蔵されたままなのですから、おカネが世の中をまわらず、デフレスパイラルへと落ちてゆきます。貯蓄が経済をダメにしてしまうのです。

貯蓄は社会に損害を与える。
「過剰な貯蓄は罪である」との常識が必要です。

時代が変われば常識が変わる。絶対王政の時代は王による統治が常識でしたが、そんな常識は時代の変わった現代では通用しません。同様に、時代が変われば貯蓄に対する人々の常識も大きく変えていかねばなりません。もちろんある程度の貯蓄が社会にとって有益であることは確かです。ベーシックインカムのようなセイフティーネットがない、今日の原始的な社会にあっては、貯蓄は人々の生活をリスクから守る有効な手段です。とはいえ、限度があります。

「貯蓄は社会に損害を与える」のですから、これを政策的に抑制する必要が生じるのは当然でしょう。それが「金融資産課税」あるいは「マイナス金利」です。おカネがおカネを生み出す。おカネを貯め込めば貯め込むほど得をする、そんな都合の良い時代は終わったのです。これからの時代は、おカネを貯め込むことで社会に与える損害を補填してもらう必要があると思うのです。

2017年6月2日金曜日

二つの異なるグローバリズム

グローバリズムは大きく異なる二つの種類がありますが、新聞マスコミはその二つをごちゃ混ぜにしてグローバリズムと呼んでおり、それが大きな誤解を招いています。その二つとは、

①世界規模の課題解決としてのグローバリズム
②拝金主義的な単一市場化のグローバリズム

①世界規模の課題解決のためのグローバリズムに反対する人々がいるとは思えません。人類の活動が世界にわたり、かつ大規模化することにより生じてきた、環境問題、人口爆発などの地球規模の危機への対応。あるいは全人類的な貧困撲滅、疾病の根絶など、今日におけるグローバルな協力関係が重要であることは疑いもありません。こうしたグローバリズムはますます活発化すべきでしょう。世界はグローバルに協調すべきです。

問題は②拝金主義的な単一市場化のグローバリズムです。

世界に広がる民族主義や社会主義的なうねりは、拝金主義的な単一市場化のグローバリズムが生み出す「経済格差、失業者」に原因があります。それは反グローバリズム運動が右派にも左派にもあることからわかります。民族主義的な色合いの濃い右派、例えばフランスの国民戦線やイギリス独立党もあれば、左派ではスペインのポデモス、また中道としてはイタリアの五つ星運動があります。

彼らの共通点は「拝金主義の追放」です。

カネ儲けのために行き過ぎた市場原理主義が容認され、世界を強制的に単一市場化し、それを新聞マスコミがやれグローバル化とはやし立ててきました。その結果、貧富の格差が拡大し、失業者が生まれ、人々が苦しんでいる。政治家もマスコミも御用学者も、上っ面で「チェインジ」などと言いながら、根本的な問題解決を放置してきたのです。

現在のEUで何が起きているのか?金融のグローバル化がもたらした巨大バブルとその崩壊を発端とする緊縮政策。それによって失業者が溢れ、格差が拡大する一方で、グローバル資本とその関係者だけが利益を独占する。この状況に対する人々の怒りが反グローバリズムを押し立てています。

ですから、反グローバリスムの共通にあるのは「拝金主義の追放」であって、自由、平等、博愛を追求するグローバルな取り組みに対しては、何ら反対するものではないのです。

しかし新聞マスコミはこうした論点にはあまり触れようとせず、グローバリズムに批判的な右派政党の民族主義的な側面を捉えて、グローバリズムに反対する人々は「極右や反知性主義の台頭だ」と決め付け、あるいはそうした人々が増えている現状を「ポピュリズムだ」と批判しています。

新聞マスコミの一面的な報道によって、
問題の本質は大きく歪んでゆく。

多くの人々は、民族同士が争う世界や排他的な社会を望んでいるのではなく、極めて単純な動機で動いています。「まともな生活がしたい」。それだけ。にもかかわらず、政府も御用学者もマスコミも、拝金主義に染まり、そうしたごく普通の庶民の夢と希望を打ち砕いてきたのです。

国際分業やテクノロジーの進化の恩恵を多くの人々に分け与えるのでなければ、庶民にとって経済的なグローバリズムは何のメリットもありません。緊縮財政をただちに中止し、ベーシックインカムなど分配政策を推進する必要があります。そんなものはシステムとしては単純なので、政府がその気になればすぐにできます。

それが行われない限り、市場原理主義に基づく、単一市場化のグローバリズムは格差や貧困を生み出すだけであり、絶対に受け入れるわけにはいかないのです

2017年5月22日月曜日

議論より共感戦略が有効な理由

どれほど理論的に整合性がある主張でも、相手の考えを変えることはできません。なぜなら人間は理論を使っている時でさえ、その動機の根底には感情があるからです。真意はその人の発言内容とはむしろ別のところにある。場合によっては、本人が気付いていない、無意識の中にあるからです。

多くの人は理性が感情よりも上位にあり、理性が感情をコントロールすると思い込んでいます。しかし実際には感情が理性の上位にあり、感情が理性をコントロールしています。

感情が理性の上位にあるため、仮に理論的に正しいとしても「納得できない」と感じることが多いのです。そして納得できなければ、理論を駆使して反論しようと試みます。つまり「ああいえばこういう」の水掛け論になります。ところが、理論的にへんな話であっても、感情的に共感すればあっさりと受け入れるでしょう。

もちろん例外はあるでしょうが、基本的な性質として、人間の動機付けは感情が上位にあり、感情が理論をコントロールします。これを理解すれば、なぜ議論より共感戦略が有効であるかがわかると思います。

議論といっても二種類に大別されると思われます。
①論証としての議論
②相手を論破するための議論

①論理的な整合性、実現可能性、機能性などを検証するために、自分の考察だけではなく、他の人の考察を参考にする意味において、議論は有効です。もちろん議論しなくても、他の人の論文を読むとか、自分の考察でも論証は可能ですが、他人との議論を利用することで、新たな気付きを得る(発見)ことができます。基本的に勝敗をつけるものではありませんし、ブレーンストーミングやコーチングの手法にも通じると思います。これには効果的な議論の手法について理解している必要があります。

②議論によって勝敗を付ける、方向性を決める、他の考えを排除する、そうした議論があります。議論で白黒をつける、勝敗をつけることが必要だといって論戦を吹っかけてくる変な人が居ますが、これがそれです。相手の論理展開を行き詰まらせ、黙らせることで相手を排除することに力点が置かれる傾向があるため、論が一方的な押し付けとなり、論証としての参考にならない場合が多いです。また、ほとんどの場合ケンカになり、感情的な対立や遺恨を残します。

さて、ネット等でみられる議論のほとんどは②です。自称①だと言いながら、見ていると最終的には②になります。そのため、議論のほとんどが不毛砂漠の状態になっています。しかし、訓練されていない素人の議論はそうなりがちだと思います。ですから、普通の人が議論で理解を深めたり、相手の考えを変えることはとても難しいと思います。仮に論破したところで自己満足に過ぎず、感情的な対立をあおり、敵を作るだけで終わるリスクもあるでしょう

ですから、一般大衆の意思を変えるには感情に訴えかける「共感」が最も有効です。とはいえ人間は言語(理論構造)を介して理解するため、理論は必要です。ただし、あくまで共感を引き出すための理論だけあれば十分だと思うのです。

民主主義においては、数が勝負ですから、いかに味方を増やすかで勝敗が決まります。ビジネスの世界でも、顧客を論破することは何の得にもなりません。自分達の利益を増やすためには、味方やファンを増やさねばなりません。

ツイッターでも議論はほぼケンカになっています。いちいち他人の異論に腹を立てて批判したり、他人からの批判に応じてケンカするのはバカバカしいので、そんなことはやめて、共感を広める方法を研究すべきではないかと思うのです。

もちろん、新聞マスコミや政治家は徹底的に叩くべきですがw。

2017年5月19日金曜日

日銀にも国民審査制度が必要

司法には最高裁判所裁判官の国民審査という「国民の審判」があります。民主主義なら当然に必要だと思います。しかし国民の主権である通貨発行権を預かる日本銀行は国民の審判を受けません。これは非常に大きな問題だと思います。日銀が主権の外にあることになるからです。

日本銀行のような中央銀行は政府から独立しているのが望ましいとされています。しかし、国民の主権から独立しているなら、それは国民主権の侵害に当たります。国民主権を担保するには、政府から独立している司法と同じように、国民審査が不可欠です。

一般に金融政策は専門性が高く、それゆえ政府からの独立が許されていますが、専門性が高いのは司法とて同じことです。専門性を口実として、国民の意向を無視した権限の乱用を許すわけにはいきません。

「どうせ国民に金融はわからないだろう」では済まされません。金融の専門家、経済学者は何のために居るのか?それこそ様々な意見を専門家、経済学者から集めて新聞マスコミで紹介する必要があります。むしろそのような活動によって、初めて国民の意識が高まり、国民の金融リテラシーが向上することになるでしょう。

それをやらずに日銀に好き勝手にやらせた結果、日銀が暴走し、日本に失われた20年をもたらした、とも考えられます。

日銀の総裁、副総裁、審議委員の国民審査を行うべきです。それぞれの委員がどんな発言をし、政策決定においてどんな意見をあらわしたか。これは毎年、複数の専門家が分析して、評価レポートを書き、国民に新聞マスコミを通じて公表する。それを参考にしながら、たとえば参議院選挙と同時期に国民が国民審査投票を行うような方法です。

実際には、ほとんどの人は無関心か、分からないかもしれません。しかしそれでも、日銀の国民審査があれば、日銀に対する国民の意識を少しでも高める効果はあります。国民経済の最重要インフラである金融や通貨に関する国民の関心、理解を少しでも高める必要があると思うのです。

2017年5月18日木曜日

野党に期待できない理由は「緊縮」だから

安倍自民党はダメだが、野党もまるでダメ。なぜなら野党も基本が「緊縮財政」だからです。カネの使い道が違うだけで、カネをケチる点では自民党と大差ありません。日本はケチな政党ばかりです。

まるで日本全国が財務省の「緊縮毒雲」に覆われているかのように、与党も野党も基本は緊縮財政です。おカネを増やして国民の購買力を高めよう(内需拡大)と考える政党はありません。

日銀が現金(日銀当座預金)を発行していますが、あれは国民の購買力を高めているのではなく、「貸し出し用の元手」を民間銀行に与えているだけです。だから、日銀がいくらおカネを発行しても、誰かが銀行から借金しないと世の中のおカネは一円も増えません。自民党も基本は「緊縮」なのです。

もちろん、企業が民間銀行から借金すれば、その借金が巡り巡って国民の手に渡る可能性はあります。ところが、日銀の金融緩和すら反対しているのが、民進党をはじめとする野党ですから、野党は自民党に輪を掛けて「ド緊縮」なわけです。

また、日銀が国債を買い取れば、それだけで国民の借金負担は減るのですが、これにも野党は反対しています。国民の負担を軽減するどころか、民進党は消費税を増税して、国民に「借金はびた一文残さず払え!」と迫ります。

まるで日本全国が財務省の「緊縮毒雲」に覆われているかのように、与党も野党も「緊縮!緊縮!」ですから、こんな状況では仮に野党に政権交代したところで、やはり「緊縮」ですw。カネの使い方が違うだけで緊縮!緊縮!。期待するだけバカを見ます。

内需拡大、デフレ脱却、国民所得向上のために、世の中のおカネを増やして国民に撒く。こういう政党が日本に無いのは驚くべきことです。しかも、これが1900年代のインフレ時代ならまだわかります。それが、あろうことか生産過剰、消費不足、デフレ、技術的失業の時代になっても、まだやってるw。いやはや・・・。

そんなに世の中のおカネを増やしたくないのかよ。
つまり、与党も野党も「金貸しの利益」が優先だ。

世の中のカネの量が少なければ少ないほど、通貨需要は増大し(金利が高くなる)、通貨を貯め込むほど利子がたんまり稼げる。自民党ならいざ知らず、左派のはずの民進党、それどころか共産党までが金貸しに協力的だw。

こんな状態で、野党なんか期待できるわけがない。

2017年5月16日火曜日

BS知らなければ金融政策は理解不能

BS(バランスシート)を知らなければ金融政策を理解することは不可能です。新聞マスコミを読んで金融政策を知ったようなつもりで居ると、間違いなく御用学者に騙されてしまうでしょう。BSを知らなければ赤子同然なのです。

新聞マスコミはBSを用いて金融政策を説明しません。恐らく、その方が簡単に庶民を騙せるからだと思います。BSを用いて説明すべきことを、言葉だけで説明しようとすると、相当な困難に直面します。もちろん、BSを知っている人ならBSを用いない説明を聞いても意味を理解できます。しかし、BSを知らない人が聞いても、まるでチンプンカンプンか、トンでもない誤解をしている可能性が高いでしょう。BSは図で説明しなければ理解は困難だからです。

そして、金融政策とBSは不可分です。
ゆえに、BSを知らなければ金融政策を理解できないのです。

新聞マスコミが金融政策に関して偉そうなことを書いていても、それをBSで書かないのは非常に怪しい行為です。実のところ、BSで書くと「逃げがきかない」のです。言葉だと、ああいえばこういう式に逃げられますが、BSは数式のごとく厳密なので、誰も逃げられない。ウソだったら、たちどころに炎上します。

たとえば、民間の国債購入、日銀の国債買い入れ、財政再建まですべてBSで説明できます。政府、日銀、銀行、民間のBSをならべて変化を追うのです。それをやると、新聞マスコミの説明とは別のことが、いろいろ見えてくるのです。これがまずいんでしょう。庶民が余計な知識を膨大に身につけてしまうことになるからです。

「国の借金ガー」「ハイパーインフレガー」を垂れ流している評論家の本も、BSが書かれていない場合は、ウソ八百を流している場合があるかも知れません。BSを使わなければ、ああいえばこういう式に、どうとでも言えてしまうからです。

BSの基本的な概念は決して難しくありません。もし、新聞マスコミが庶民を騙すつもりでないのであれば、BSの初歩から国民に説明を尽くすべきだと思います。


2017年5月15日月曜日

反グローバリズムの成果が現れたG7

米国の保護主義的な政策、欧州各国における反グローバリズム政党が台頭する中で行われた5月のG7財務省会議において、格差是正が声明に取り上げられました。これは反グローバリズムの高まりがもたらした「成果」かも知れません。

引用:G7声明は世界経済が成長する一方で、低・中所得者に影響が大きい格差の拡大に直面してきたと指摘。「経済成長の果実が広く共有され、成長率を引き上げることに取り組む」とし、格差是正に向けた政策課題を示した付属文書をまとめ、各国に実行を促した。(時事通信)

こうした格差是正の声明が盛り込まれた理由は、米国や欧州において高まっている反グローバリズムに対する政治支配層の危機感でしょう。反グローバリズム運動によって彼らの足元が危なくなって、ようやく事態を改善しようとする姿勢を示したわけです。所詮、それがなければ既存の政治家は何もしない。

もちろん、こんな声明一つで何が変わるとも思えないですし、単なるガス抜きのリップサービスだと思われます。それでも公式声明があるだけでもマシでしょう。まだ、始まったばかりです。つまり、

ますます反グローバリズム運動を高める必要がある。

政治支配層のリップサービスだけで終わらせないよう、実際の効果があらわれるまで、反グローバリズム運動を継続しなければなりません。その意味で、欧州における極右政党の台頭は「怪我の功名」かも知れません。そんなことを言えば彼らには失礼かも知れませんが、ある意味「極右政党という武器をチラつかせないと、既存の政治支配層は何もしない」。

極右、極左政党の台頭を歓迎しよう。

毒をもって毒を制する。それくらいのしたたかさがなければ、政治支配層には対抗できないかも知れません。冗談がきついと思われるかも知れませんが、大衆はそれくらい怒っているのです。極右政党は大衆にとって最終兵器かも知れません。もちろん兵器は諸刃の剣です。しかし肉を切らせて骨を絶つしか道は無いかも知れないのです。

大衆に最終兵器を使わせるとしたら、
それは既存の政治家の責任である。

2017年5月12日金曜日

地動説が一般化するまで約100年

人々が天動説を信じる世の中で地動説を唱えればまさに「異端」扱いです。地動説が世の中であたりまえだと思われるようになるまで約100年を要しました。「ベーシックインカムはあたりまえ」との認識が普及するのは容易ではありません。

コペルニクスが地動説を発表したのは1543年です。彼はその直後に病死しますが、その後に地動説を唱えたジョルダーノ=ブルーノは教会から「異端」とされて1600年に処刑されました。その後、ガリレイが地動説を支持するも異端とされて、1633年、地動説を取り下げました。それからケプラー、ニュートンを経てようやく地動説は「あたりまえ」と人々から認識されるようになりました。

その間およそ100年。それでも、一説によれば今もなおアメリカ人の4人に1人は天動説を信じているとされます。こと、自然科学においてすらそうなのですから、思想・信条の問題であれば、その程度はさらに大きくても何ら不思議ではありません。

生まれてからずっと「所得は労働の対価」である、と信じてきた多くの人々にとって、「所得は必ずしも労働の対価である必要は無い」との考えは、極めて異端でしょう。人間は常識に依存して生活する動物ですから、そうした人々を責めることはできません。そのような人間の常識を変えるには、どうすれば良いでしょう。

常識によって彼らが得ている利益は何かを明らかにし、その利益を尊重しながら、さらに彼らの利益を増やす方法として、「所得は必ずしも労働の対価である必要は無い」という、新しい常識を理解してもらうしかありません。焦りは禁物です。イライラして天動説の人に噛み付いても、迫害されるのは少数派の方ですから、にこやかに粘り強く、ウンザリするほど繰り返すしかないような気がします。マスコミの財源ガーなみに同じ事を繰り返すわけですw。

焦らなくても、古い常識に縛られた人々の考え方を変えるための条件は整いつつあります。テクノロジーの爆発的な進化です。これがあれば、「所得は必ずしも労働の対価である必要は無い」ことが明白になるのは時間の問題であり、早晩、「いつから、どんな手順でそうするか」だけが論点になるはずです。

2017年5月10日水曜日

フランを仮想通貨で復活したらどうか

ユーロの緊縮政策がもたらす失業と格差に苦しむフランス。通貨を収奪の手段に利用する勢力に対抗するため、フランスの通貨「フラン」を、ビットコインと同じ仮想通貨として復活させたらどうだろうか。それならユーロ圏の離脱は必要ない。

フランスに足りないのは労働力でもなければ、生産性でもない。おカネが足りないのです。おカネが自由貿易と市場原理によってどんどん他の国に吸い上げられてしまい、経済活動のために循環すべき通貨が不足している。しかし、通貨発行権のないフランスは逆立ちしてもユーロを増やせない。しかも、国民はユーロというカネの幻想から醒めないまま。

なら、フランスの通貨「フラン」を仮想通貨で復活してはどうか。

もちろん、フランを法定通貨とすればEU内は大騒ぎになってしまうでしょう。法定通貨である必要はありません。ビットコインが法定通貨でないのと同様に、法定通貨でなくとも通貨は機能するのです。

仮想通貨は金利が付かない、ですから「貯め込む」利点はありません。しかし手数料を格安、あるいは無料化できるでしょう。つまり貯め込むのではなく「財やサービスを交換する」のであれば、法定通貨でなくとも利点が大きいのです。つまり当初は「取引専用通貨」として、利便性をてこに普及を図るのです。

珍しいことではありません。取引専用通貨なら、電子マネー、SUICAなどと同じなのです。ユーロからフランへの交換は1:1、フランからユーロへの交換はなし。それでもSUICAと同じように、利便性によって利用者が増大する可能性は十分にあります。もちろん電子マネーの一種として、ビットコイン同様、政府はこれを禁止できません。

そして、フランが十分に利用されるようになれば、仕掛けるのです。
ベーシックインカムを組み込んだ通貨として。

一定割合で万人に分配される通貨の働きにより、おカネの不足は解消されます。フランスに足りないのは労働力でもなければ生産性でもない、まして財は有り余っています。足りないのは、おカネです。

そして、テクノロジーの進化と共に、「貯め込むためのユーロ」は流通しなくなり、「使うためのフラン」が流通の中心になるはずです。通貨は使うからこそ普及するのです。そして使われるからこそ価値が担保されるのです。

ユーロの緊縮に苦しむフランス人のために、
フランを仮想通貨で復活したらどうか、と思うのです。

2017年5月9日火曜日

ルペン氏は民族主義に頼りすぎている

反グローバリズム運動は民族主義ではなく、経済政策の見直しがその本質です。しかしルペン氏は経済よりも民族主義的な反グローバリズムの色彩が強い、これでは左派系の人々の支持を得ることは難しい。失業と格差を解消すべく、経済的な政策を強化すべきでしょう。

まずルペン氏が行うべきは、国民にグローバル経済の課題を理解させることにあります。フランス国民の多くは、通貨統合ユーロが今日の経済的な不況、高い失業の原因であることを理解していないようです。なぜなら世論調査においてユーロからの離脱を望む人が少ないからです。これはかなり致命的だと思います。

もちろんユーロに加盟したままであっても、ECBが今よりさらに拡張的な金融政策を行い、加盟各国の財政政策のためにヘリマネのような支援を実施すれば良いのですが、今の緊縮状況では、明らかに通貨統合が裏目にでているだけです。これなら独自通貨の方が、マクロ経済政策を駆使できる分だけ、経済を立て直すには有効なのです。

こうしたことを理解させなければ、広く国民の支持を得ることはできません。多くのフランス人は深く考えることなく、新聞マスコミのばら撒く「統合のばら色イメージ」を漠然と信じて、感情で動いているからです。もちろん、新聞マスコミのばら撒く「極右のマイナスイメージ」も、漠然と人々の感情に影響しています。

民族主義だけで経済の問題を解決することは不可能です。

民族主義的な立場、つまりフランス・ファーストとして、輸入品に関税を掛けるだけでは経済は立ち行かないです。移民を制限しただけでも経済は立ち直りません。経済の問題は経済の理論を使って解決する必要があるのですが、ルペン氏にはそれが弱い。

テロリズムによる社会不安の増大や、それに伴う排他的民族主義の高まりを支持基盤としても長続きはしません。治安が回復すれば用済みになるだけです。しかし、治安が回復しても失業や格差が改善することはありません。だからこそ、長期的には失業や格差を解消することが政策として最も重要です。

ユーロ離脱がなぜ失業や格差の改善に役立つのか、デフレの解消に役立つのか、そうしたことを十分にフランス国民に理解させること無く、民族主義的な、主権独立の精神だけで「ユーロ離脱」を唱えたところで、支持を広げることは難しいでしょう。

民族主義的な枠組みを超え、右派左派の壁を超えて、経済分野における「反グローバリズム」勢力の幅広い結束を実現する。それこそ、一般民衆が拝金主義・グローバル資本の世界支配に打ち勝つ唯一の方法だと思います。

2017年5月8日月曜日

マクロン氏はEU財政統合を目指すべき

マクロン大統領の誕生で、フランスが「失われた20年」に陥るリスクが非常に高まりました。金融・財政政策が使えないからです。この状態を打破するためにはEU財政統合しかありません。一言で言えば「ドイツのカネをフランスに再分配しろ」です。

フランスはユーロ(通貨統合)によって通貨発行権を失い、その結果、国家の二大マクロ経済政策である、金融政策と財政政策の両方を失いました。金融政策はECBに握られ、財政政策はEUから緊縮を強制されています。この状態でフランスに残された政策余地は、国民を市場原理・自由競争でさらにしばく政策、つまり「規制緩和」「構造改革」だけでしょう。

「緊縮+構造改革」は日本における失われた20年そのもの。
ようこそ、フランス。失われた20年へ。

フランスはデフレと失業から抜け出せず、「勝ち組み」と「負け組み」の社会分断はさらに深まることになるでしょう。

マクロン氏がマクロ政策で今できることは、ECBに泣きつくことだけ。なんとも情けないですねw。しかし、欧州統合派のマクロン氏にも逆転の目がないわけではありません。逆転満塁ホームラン級の手があります。それが「EU財政統合」です。財政統合なら、EU統合にも矛盾しません。マクロン氏が進めるべきはこれでしょう。

財政統合を簡単に言えば、市場競争を通じてユーロを吸い上げているドイツに課税して、そのおカネでフランスの財政政策を賄うというものです。簡単に言えば、統合EUにおける再分配政策です。国境を越えて再分配を行うのです。

通貨統合でカネは国境を越えて吸い上げられるのに、再分配は国境を越えないのが今のEUです。これでは、同じEU内でも国家間で格差が激しくなるのは当然です。日本でも地方への再分配が無くなれば、地方が疲弊してしまいますが、それとまったく同じです。

ドイツで課税してフランスに再分配する。その再分配で財政政策として社会保障はもちろん、インフラ投資、産業育成なども行えばよいでしょう。それなら、通貨統合に伴って損なわれた財政政策の自由を回復することが出来ます。

そんなに「統合」が好きなら、
財政も統合して、きちんと再分配すべきです。

そうそう、もう一つ、すごい方法(冗談)もありますよ。財政が統合できないなら、フランス人がドイツに民族大移動するんです。そしてドイツ人になる。「人の移動は自由」なのだから、フランス人がドイツに大挙して押し寄せて、ドイツを占拠して権利を主張すればいいんですw。民族統合ということで。

2017年5月3日水曜日

9条護憲運動をより効果的にする方法

憲法9条の考えは素晴らしいと思いますが、日本の憲法だけに9条があっても平和への効果は限定的です。世界中の国の憲法に同じ条文を載せて、初めて効果的に機能します。9条護憲運動の前提は、そこになければならないと思います。

憲法9条の考えが素晴らしいことは疑いの余地もありません。しかし、日本が外国に武力行使しなくとも、外国が日本に武力行使する可能性は排除できません。それは誰でも理解できることです。ですから、平和な世界を実現するには、日本の憲法9条と同じ「不戦の誓い」「武力放棄」を世界中の国の憲法に明記させる必要があります。つまり、そうした運動が欠かせないと思われます。

もちろん世界中を飛び回ってデモ活動するのは難しいですが、少なくとも日本と外交関係があり、日本国内に大使館があるすべての政府に対しては、それらの国の大使館前でデモを行い、各国政府に啓蒙活動を行うことは十分に可能だと思われます。とりわけ日本に地理的に近い国において、その優先度が高いのは明らかです。中国、韓国、北朝鮮の大使館(北朝鮮は大使館が無いので、朝鮮総連でOK)には、ぜひ「憲法9条の精神を、貴国の憲法にも反映させよ」との啓蒙デモ活動を行うべきではないかと思うのです。そして、中国、韓国、北朝鮮の政府関係者から、自国の憲法に不戦の誓いを反映する是非について、コメントを求めるのです。それを新聞マスコミで大々的に報道します。

自国の憲法については、それぞれの国民が考えること、そう思われるかも知れませんが、平和とは国家間の関係性で成り立ちますから、自国だけでは意味がありません。当然ですが、他国の国民に働きかける必要があり、その一つの方法として外国大使館に働きかけるというものです。その映像がマスコミを通じて、その国で報道されれば、その国の国民にも影響を与えます。

憲法9条はすばらしい、しかし日本政府だけに求めても効果は極めて限定的で、あまり期待できません。憲法9条の精神を全世界の憲法に乗せるべく、護憲派デモの皆様には世界の大使館前で啓蒙デモ活動を行っていただきたいと思います。イヤミで言っているのではありません、行うのであれば、より有効性を高める方法を検討するのは当然だろうと思うのです。

逆に、日本政府だけに「不戦」「武力放棄」を求めれば、それは図らずも、結果的に「外国勢力を利する」ことになってしまう場合があります。それは不本意なことです。そうした意味からも、是非、中国、韓国、北朝鮮の大使館にも押しかけて、「憲法9条の精神を貴国の憲法にも乗せろ大運動」を繰り広げてくださるよう、心よりお願い申し上げます。

2017年5月2日火曜日

日本も大統領制で政治に責任を

アメリカでは既存の政治勢力に属さない大統領が誕生し、今回のフランス大統領選挙でも同じ傾向が見られます。イギリスのブレグジットも国民投票という、民意を直接に反映する方法でした。日本にもそうした「直接民主主義」が必要だと思います。

もし日本が議員内閣制じゃなくて大統領制だったならどうでしょうか。マスコミの世論調査によれば、日本では既存のどの政党も支持しない無党派層が40~50%を占めていますから、日本でも同様に「既存の政党に属さない指導者」が誕生する可能性があるかも知れません。

もちろん、それが結果として国民にとって吉と出るか凶と出るか、何ともいえません。何しろ国民の質が政治家を決めてしまいますから、上っ面だけ良くて、まったく無能な指導者が選出される危険性もあります。しかし、そうした「痛い目」を見ることで、逆に国民の政治的な自覚・責任を促す効果もあるはずです。

マスコミはこれまで「国民は被害者」というスタンスで報道を繰り返して国民のご機嫌を取ってきました。そのため大衆には「国民は被害者」としての意識ばかりが強くなり、自分達に政治の責任があるとの意識は薄いと思われます。

議院内閣制であれば「首相は自分達が選んだのではない」との逃げ道があります。そのため、国民はマスコミと一緒になって無責任に首相を批判していれば不満を解消できるわけです。ところが大統領制になれば、その大統領を選んだのは国民であり、それこそ「任命責任」は国民にある。

こうした、いいわけが効かない立場に国民を置き、国民の責任で政治を担うのが本当の民主主義でしょう。

間接性の強い民主制度は、中間ですべて中和されてしまいます。国民の要望も中和されますが、責任も中和されてしまう。しかし、これが既得権者の大衆支配のセオリーなのかも知れませんね。そのため、既存の支配層は国民の政治意識を高める「直接民主制」に強い危機感や拒絶反応を示しています。新聞マスコミを通じて、さかんに直接民主制に否定的な記事を流すのはそのためではないでしょうか。

それが、「ポピュリズム(大衆主義)」に対してさかんに行われる批判、あるいは「直接民主制の限界」のような評論家の記事として新聞の紙面に出てきているのだと思います。

しかし、民主主義こそ「痛みを伴う改革」が必要ではないでしょうか。国会議員に行政の長たる首相を任命させておいて、自分達が選んだんじゃないから、なんて言わせない。自分達が選んだ大統領に自分達が責任を持つ。

そうした甘えの無い、緊迫した政治が日本には必要だと思います。

2017年5月1日月曜日

日本人は「しばきあげ社会」が大好き

日本人はよほど「しばきあげ」が大好きなようです。根性論で戦争を押し進め、国民を弱肉強食の戦地に送り込み、前代未聞の損害を与えた「軍官僚の暴走」の過去を反省したほうが良いと思います。

日本は「一億・総しばきあげ社会」です。まず失われた20年。技術革新による人手余りで、徐々に労働環境が悪化しているのに、財務省は緊縮財政で国民をしばき。日銀はデフレを放置で国民をしばき。企業は低賃金・長時間ブラック労働でしばきw。

仕事が減っているというのに、「所得の低下と失業は自己責任だー、社会(マクロ)に責任を転嫁するなー」と叩きまくる奴らが大量に発生してしばきw。新聞マスコミが総出で「消費税の増税と社会保障の削減をしろ」としばき、労働者の政党であるはずの民主党(当時)が消費税の増税法案を強行して、止めを刺す。

近頃、金融緩和でようやく人手不足になってきたと思ったら、人材派遣会社が賃金をピンはねでしばき。新聞マスコミは人手不足だと大騒ぎするが、企業は消費税の増税が先に見えているから、安易に正社員を増やすより派遣を増やして様子を見るのは当然です。もし増税不況になったら、派遣切りでしばく気が満々w。同一労働、同一賃金でも、首を切られりゃあ元からパアだね。

マスコミ御用学者一体で、そんな茶番を繰り広げる一方で、政府は一億総活躍と称して、老若男女すべてを労働に刈り出すど根性政策にまい進。なんとしても働かなければ、国民に一円も与えない。女性が働かなくても子育てできる「所得保障社会」を実現するんじゃなくて、女性を働かせるための政策を推進。女性を労働に駆り立てるために、新聞マスコミがイクメンなどとはやし立てるありさま。

すばらしき、一億・総しばきあげ社会。

何のために科学技術が進歩してるのか、お答えください。
(答え:しばき拷問装置を高度化するため)

本日はブラックきつめの一杯でしたw。

2017年4月27日木曜日

ルペン氏はヘリマネによる財政出動をすべき

フランス経済が復活するにはユーロ通貨からの離脱が正しい選択です。しかし、それだけではユーロ離脱の本当のメリットは何も享受できません。ヘリマネによる財政出動、通貨の膨張がなければマクロン氏と大差ないのです。

EU・マクロンの決定的な問題点は緊縮主義にあります。そしてEUが緊縮主義である限りフランスは緊縮せざるを得ません。なぜなら、フランスはユーロに加盟することで通貨発行主権を失っているからです。そのためフランス独自の金融政策(金利操作、国債オペ)ができないことはもちろん、中央銀行による国債買い入れが不可能ですから、財政均衡主義を取らざるを得ないのです(そうしないと国債がデフォルトする)

さて、政府のマクロ経済政策は「金融政策」と「財政政策」からなりますが、なんと、フランスはユーロ加盟によって「金融政策」と「財政政策」の二大政策を使えなくなってしまいました。マクロ政策が使えない。これで大統領に当選したところで、どんな経済政策が打てるのでしょうか?事実上、フランスは何も出来ないのです。笑うしかありません。これでフランスの経済が良くなったら奇跡というか、神の手による魔法か何かでしょうw。

逆に言えば、ユーロから離脱して独自通貨「フラン」を回復したなら、ユーロの支配から逃れて「金融政策」「財政政策」を再び自由に使うことが可能になります。それこそがユーロ離脱の最大のメリットであり、通貨主権回復のメリットです。ですから、金融・財政の積極的な政策展開を行わないのであれば、ユーロを離脱する意味はまったくありません。

ルペン氏がそれを理解しているかが問題です。

自由貿易を制限して、関税によって国内製品を守ったところで、それだけで失業が減って景気がよくなるわけではありません。総需要が増えなければ意味がありません。移民を制限しても総需要は増えません。実は、ルペン氏も財政赤字を縮小するとの考えを持っています。ただし単なる財政均衡主義ではなく、財政ファイナンスを容認する考えももっているようです。

財政ファイナンスは広い意味ではヘリコプターマネーを意味します。つまり政府主導による流通通貨量(マネーストック)の増大です。これをさらに一歩踏み込み、フランス国民全てに給付金を支給することで、総需要を引き上げれば良いのです。これは、ユーロ圏に留まると主張するマクロン氏には絶対にマネできない経済政策です。まさに通貨主権のなせる業です。

欧州先進国における生産性はすでに十分に高いレベルにあるはずであり、いま必要なことはさらなる生産性向上ではなく、高い生産性に見合うだけの潤沢な通貨循環です。

ルペン氏がそれを理解してヘリマネを実施すれば、マクロン氏とはまったく違った成果をもたらすことができると確信します。しかし、ルペン氏が単なる反EU、反移民に留まるなら、おそらくマクロン氏と大差ない、あるいはそれよりも期待はずれの結果しか生まない恐れもあると思います。

2017年4月26日水曜日

マクロン氏当選で仏は失われた20年へ

フランスでは、EU離脱を目指すルペン氏を落選させるべくすべての政党がマクロン氏の支持に回ったようです。しかし緊縮・構造改革主義者のマクロン氏が当選すれば、フランスは「欧州版失われた20年」に突入する危険性が高いと思います。

EUは緊縮・財政均衡主義の傾向が強く、それを加盟国に強制に近いかたちで要求しています。ですからEUを重視するマクロン氏が緊縮なのは当然でしょう。財政出動による有効需要の拡大などまったく考えていないようです。尤も、EUに加盟する限り、フランスは独自の財政・金融政策の余地など無いに等しいのですから当然です。

マクロン氏の政策によれば5年で500億ユーロの投資を行うといいます。しかしそのかわり5年で12万人の公務員を削減し、5年で600億ユーロの歳出を減らすと主張しています。差し引き、経済に投入される通貨はなんと100億ユーロも減るわけです。しかも、5年後には投資は終了して、歳出削減だけが残るわけです。

では、フランス経済の建て直しをどうするのか?構造改革・自由貿易・移民推進により、市場原理をさらに強化することで経済を成長させるという。そもそもバリバリの資本家エリートコースを辿って来たマクロン氏が労働者に甘いわけが無い。市場原理でしばきあげる気が満々ですねw。

構造改革や自由貿易をいくら推進しても、カネを増やさなければ経済は慢性デフレになる。それは日本の失われた20年をみれば誰でもわかるはずです。日本の失策に学ばないフランスは「欧州版失われた20年」に突入するでしょう。「新自由主義+緊縮主義」の政策ミックスは、長期デフレのセオリーだと思います。

ところが、資本主義の代表者であるマクロン氏をなんと、労働者の代表者であるはずの左派・オランド社会党が後押しするというから、開いた口が塞がりませんw。

こ、これはどこかで見たようなボケっぷり・・・そう、デフレ脱却などお構いなしに消費税増税を推進する日本の左派、民進党のボケ具合を彷彿とさせます。今のご時勢、労働者の味方であるはずの左派政党は世界中でどうなっているのか?見るも無残な左派の体たらくは日本だけでなく、フランスでも起きているのですね。いや、アメリカの民主党も地に落ちた。どの国も左派がまるでダメになってしまいました。

今のフランスの政治はグローバル資本主義一辺倒で、労働者に希望を提示できる政党がありません。そして人々の間に渦巻く反EU感情を押さえ込むために、EU離脱を主張する政党に「極右」のレッテルを貼って、人々の不安を煽り、EU崩壊を旧来勢力の右派左派が必死に防いでいるような有様です。

しかしマクロン氏が大統領に当選したところで、「新自由主義+緊縮主義」の政策ミックスを続ける限り、フランスは日本と同じ失われた20年の道をたどることになるでしょう。そのとき、さらに過激で反動的な政治運動が起きないことを「神の手」に祈りましょう。


2017年4月25日火曜日

自由貿易・移民政策は薬にも毒にもなる

新聞マスコミは盲目的に自由貿易・移民政策の擁護に余念が無い。まるで宗教のような印象すら与えます。しかしそれが薬にも毒にもなることを理解しないため、世界の分断をますます助長することになると思います。

経済における諸政策を観察すると、その多くは薬にも毒にもなることがわかります。つまり、政策を実施するときの経済状況(インフレ・デフレ等)や、同時に実施される政策の組み合わせ(金融・財政・税制等)、あるいは政策の実施順番によって、あるいは合成の誤謬の影響により、同じ政策であっても、効果的であったり、逆に問題を引き起こす場合が見られます。

つまり、一言で言えば、政策の効果は「ケースバイケース」です。常に正しい、という魔法のような政策はないと考えるべきです。政策の組み合わせ、タイミング、実施順位が重要であり、それによっては、今すべきではない政策も当然ながらあると考えるのが自然だと思います。

ところが、こと自由貿易・移民政策になると、新聞マスコミの態度は「絶対善」「魔法の政策」になります。どんな問題が発生しても自由貿易・移民政策は絶対善であり、避けられないと称して、何としても自由貿易・移民政策に固執する状況が見て取れます。

まるで宗教運動を見ているようです。

なぜ新聞マスコミが、政策の柔軟性を欠く過激主義的な態度を示すのか理解に苦しみます。結局のところ、何か宗教じみた動機をその中に見出さざるを得ないのです。

自由貿易の理論から言ってもまったく合理性が無いのは、「自由貿易・移民政策」と「緊縮財政」を同時に組み合わせる政策ミックスです。そもそも自由貿易・移民政策の経済的合理性は、貿易圏内における労働生産性の向上、それによる財の総生産量の最大化にあります。そして増加した財を貿易を通じて貿易圏内で分配することで、すべての国民が利益を得ます。これはリカードの考え方です。

ところが、緊縮財政を組み合わせるとどうなるか?

自由貿易で労働生産性は上昇するものの、カネが回らないため、貿易圏内において財の総生産量と総分配量が上昇しません。これでは自由貿易の総利益は増えないのです。総利益が増えず、利益の分配先だけが資本家サイドに偏ることになる。本当に馬鹿げています。自由貿易・移民政策と同時に行うべきは、通貨の供給であり、ヘリマネによって国民の購買力を向上させ、生産性の向上による財の生産拡大を各国の国民に行き渡らせることなのです。それをしない自由貿易はナンセンスです。

新聞マスコミには、こうした基本的な認識すらないのです。そんな記事を見たことがありません。ただ盲目的に騒ぐだけ。まさにポピュリズム(愚衆)の先頭を走っているのが新聞マスコミです。

政策に絶対善などあり得ません。常に客観的に経済状況を観察し、タイミング、組み合わせ、実施順位を冷静に見極めなければ、社会はますます混乱するだけだと思います。

2017年4月24日月曜日

フランス大統領選 緊縮なら保護主義は当然

フランス大統領選挙が始まり、新聞マスコミは相変わらず「反EU、保護主義の動きに警戒が広がっている」と報道している。しかし緊縮財政のEUにおいては、むしろ保護主義を推進するのが正しい選択だと思います。

自由貿易は必ずしも各国民の利益になるとは限りません。経済状況によって大きな違いが生じるからです。資産家、富裕層にとって自由貿易は必ず利益になります。なぜなら、資本が所得を生むからです。しかし、労働者にとっては労働しか所得を得る手段がないため、雇用が労働者の利益の絶対条件となります。この雇用は自由貿易によって必ずしも増えるとはいえません。

現代の経済状況において自由貿易・移民政策は雇用を奪う結果となります。だからこそ、労働者にとって、保護主義が正しい選択なのです。現在の状況では自由貿易は必ず雇用を奪う、なぜでしょうか?

①緊縮政策によって総需要が不足=労働力が余剰になる
=失業の増大・賃金の低下

EU、ユーロ圏では緊縮財政・財政再建が推進されてます。このため、労働力の供給に比べて総需要が低いまま据え置かれています。これが失業率の改善を阻み、賃金水準の低下を引き起こす原因です。にもかかわらず、EUは緊縮財政を大きく変更しようとしません。その状況において、さらに自由貿易や移民政策を推進すると、生産性の向上によってますます労働力が余剰となります。その結果、さらなる失業の増加と賃金の低下が避けられません。

ここでベターな方法は緊縮財政を捨て、総需要を増大させる方法です。それなら自由貿易は雇用を生む。しかしEUはそれをしません。ゆえに、保護主義が正しい選択なのです。

しかも、さらに新たな失業・賃金低下の要因が加わりつつあります。

②テクノロジー(自動生産)の発達=労働力が余剰になる
=失業の増大・賃金の低下

自由貿易・移民政策に加えて技術的失業の影響が本格化すれば、ますます労働力過剰となり、失業と賃金低下はさらに深刻化するはずです。ゆえに、ますます保護主義が正しい選択です。

従って、フランス大統領選挙では保護主義を主張するルペン氏が、労働者にとって正しいと考えられます。しかし、保護主義によって総需要を増やすことはできませんから、それだけで国民の雇用が増えたり、労働者の賃金が上昇することはありません。最も重要な点は、総需要を増やすことです。

そのためには、大規模なヘリコプターマネーの実施により国民の購買力を向上させることが最も効果的です。ヘリマネの実施にはユーロ圏からの離脱が欠かせません。なぜなら、いくらヘリマネを実施したくとも通貨発行権を欧州中央銀行(ECB)に奪われている現状では不可能だからです。そしてルペン氏はユーロ圏からの離脱と、フランの復活を主張しています。ただし、ルペン氏がそれを理解しているかどうか。

フランスが不況と賃金低下、格差拡大を解消するには、緊縮財政から脱するしかありません。ヘリマネを実施するのです。そのためにはフランス国民に通貨発行権を取り戻さねばならない。

もし自由貿易推進論者がそれを回避したいのなら、その唯一の方法は、欧州中央銀行(ECB)がユーロ圏に向けて、大胆なヘリマネ政策に打って出るしかないでしょう。カネも刷らずに自由貿易、自由競争、市場淘汰を推し進めるとは、まさにヨーロッパ全体を緊縮でしばきあげることになる。

マクロン氏が勝てば、フランスの労働者は
自由貿易という欺瞞で苦しみ続けるでしょう。


2017年4月19日水曜日

人々は拡張現実ARの世界で生きている

ポケモンGOの流行で認知度が高まった拡張現実(AR)ですが、電子的には目新しいものの、現実認識の意味においては、すでに社会全体を覆っていると思うのです。

拡張現実とは何でしょうか。ポケモンGOの場合はスマートフォンなどのカメラ機能を利用することで、カメラを通してスクリーンに映し出された周囲の現実世界の映像中に、実際には存在しないモンスターの画像を重ねて表示することで、あたかも現実の世界に架空のモンスターが存在しているごとき印象を与える技術です。こうした技術はスマートフォンだけでなく、HMDといった目を覆う形で着用するデバイス、あるいはメガネのように装着するタイプのものも、広くはARと言えるでしょう。

これらは、現実世界の映像に、実際には無い何かを投影することで、現実に対する認識にも影響を与えることができると考えられます。つまり、そこに、実際には無い何かを感じるようになるということです。極端に言えば、視界に写るごく普通の人を犯罪者やモンスターとして認識させることも可能になるわけで、「大衆操作」「感情操作」のような領域にまで行ってしまうリスクもあります。

そうした意味で、拡張現実(AR)に不安を覚えないわけではありません。しかし、考えてみると「何をいまさら」感はあります。なぜなら拡張現実が登場する遥か以前から、人間の認知そのものが拡張現実だからです。

人間は過去の学習に基づいて、自分の身の回りや社会を無意識のうちに様々に認識(解釈)して行動しています。あるがままに見ることはまれです。学習の結果として、人により、同じものを見ても、そこにまったく別の意味を見出すため、多くの人で意見が合わなくなるのです。実際には見えない何かを見て、人は判断しています。それを常識や色眼鏡と呼んだり、あるいは思想やイデオロギーと呼んだりしますが、そうしたものを通じることで、実際にはそこに存在しない意味を見出しています。

そして、それが現実であると信じています。
現実は認知次第で作られるのです。

だから拡張現実によって大昔から人間の意思は操作されてきたわけで、何をいまさらなんです。逆に言えば、新聞マスコミあるいは政治家がさかんに報道したり発言する内容もまた拡張現実であると考えるべきです。実際にはないものを人々に信じさせようとしているのです。とはいえ、人間の社会はそれ抜きに成立しないのもまた現実でしょう。

そうした人間の性質を踏まえたうえで、時には現実をあるがままに捉え、そこを基点に考えてみる必要があるかも知れません。生の現実とはまさに「弱肉強食の生存競争」の世界がそこにあります。そうしてみると、この社会とはさもありなんと感じることもあります。

そんなことを思ったりします。

2017年4月18日火曜日

時代遅れの民進党は消え行くのみ

安倍政権のスキャンダルを盛んに攻撃する民進党ですが、その支持率はどんどん低下を続ける一方のようです。つまり「安倍がダメでも民進党はその代わりにならない」と認識されているようです。そりゃあそうです。消費増税をドヤ顔で進める民進党が支持されるわけがありませんね。

産経新聞社とFNNが2017年4月15、16日に実施した合同世論調査で、民進党の支持率は6・6%と昨年3月の結党以来、最低を更新したといいます。記事よれば、支持率低迷の最大要因は、旧民主党政権を支えた無党派層の支持が戻らないことだとしていますが、当然でしょう。
http://www.sankei.com/politics/news/170417/plt1704170043-n1.html

とにかく民進党は考えが古い。20年前の前世紀の常識で政策を考えているのでしょう。もちろん自民党も、とりわけ税制調査会の議員のような連中も強烈に古い。彼らの経済観念は未だに「インフレ時代の常識」そのままです。カネを増やせばインフレになる、だからカネは増やさずに、増税することしか考えない。いわゆる「緊縮財政脳」です。

基本的に彼らの頭の中の経済は「財(モノやサービス)」ではなく、「カネ」です。カネのつじつまを合わせることが経済政策だと思っているのです。ところが経済政策とは「財における生産の最大化と分配の公平性のバランス」です。その目的のためにカネが利用されているにすぎません。つまり、財の生産と分配が主、カネは従の関係にあるのが本来ですが、いつの間にか主従が逆転し、カネの価値が主、財の生産と分配はカネの価値を高めたり、増やしたりする目的に入れ替わっています。

そもそも社会主義の考え方は、「カネを増やすことが目的」という拝金主義的な資本主義に対抗し、「財の生産と分配」が主目的であるはずだと思うのです。ところが、労働組合の支援を受けるような政党が、緊縮と増税を政策に掲げ、財の生産と分配よりもカネの価値を維持することに与するようではお話になりません。

いくら安倍政権を叩いたところで、
民進党が変わらなければ、国民の支持は得られない。

安倍政権を叩くなというのではありません。安倍政権も民進党の「緊縮財政脳」よりマシなだけで、いまは主流派とされる経済学に乗っかっているだけです。安倍政権にはテクノロジーの進化を見据えた未来のビジョンなどまるでなく、一億総活躍社会といいつつ、その実態は老若男女すべてを労働に駆り立てる「一億総労働社会」を推進する前時代的な政権です。

それでも民進党や自民党の中に居る「緊縮財政脳」に比べれば、
遥かに今のデフレ時代に適応している。

民進党が再び無党派層の支持を得るには、民主党政権時代に国民の反対を押し切って強行した消費税増税を「自らの間違いだった」と認めて国民に謝罪し、緊縮財政脳を改めて、財政拡大へ転じ、カネよりも生産と分配を重視する政策へと180度方針を変更する必要があります。

なぜそうしないのか?恐らく、「自分達は常に正しい」というメンツやプライドがあるからだと思います。間違いを認めることは自分達の否定になる、それを恐れているのだと思います。ならば、我々がわからせてやるしかない。

消費税の増税を推進するような野党は絶対に支持しないし、
皆さんも支持してはいけないと思います。

2017年4月17日月曜日

年金の負担増は課税システムに原因あり

少子高齢化と言えば、新聞マスコミや与野党を問わず多数の政治家も「高齢者を支える労働人口が減少し、年金支給のための負担増はやむを得ない」と主張します。しかしいくら家計への課税を強化しても年金問題はまったく解決しないでしょう。彼らはまるでピントがずれているからです。

その理由は少し客観的に考えれば誰でもわかることです。つまり、将来的には次のような状況が生じると考えられます。

①人工知能や自動生産機械によって、財の生産性は拡大し続ける
②労働人口の減少率よりも機械化による生産性の増加率が高ければ生産量は拡大する
③一方、労働人口が減少すれば家計から得られる税収は減少する
④結果、人々の必要とする財は十分にあるが、財を分配するためのカネが不足する

つまり、生産能力も財も人々の需要を満たすだけ十分にあるが、分配のためのおカネが無いという問題になります。これまでの常識ではこのおカネは家計への課税に依存してきました。しかし労働人口が減少すれば税収が減少するのは当然であり、財は十分あるのにおカネが回らないという問題が不可避的に発生します。これは通貨循環におけるシステム上の欠陥です。

では、通貨循環においてどこにおカネが停滞するか?企業サイドに停滞します。なぜなら人工知能や自動生産機械によって、企業から家計へ支払われる賃金総額が減少し続けるからです。それは、生産年齢人口の減少(労働者の減少)によって企業の支払い総賃金が減ることと同じ意味です。

機械化に伴って企業に停滞するおカネを回収して循環させる必要がシステム上必ず必要になります。それにより国内における財の生産と分配(消費)の通貨循環量(GDP)が維持され、家計への負担を増やすことなく年金制度は維持できると考えられるのです。

すなわち、家計への増税ではなく、通貨の発行と企業への課税強化によって財源を確保しなければなりません。

ところが、新聞マスコミや政治家の大好きな「拝金主義的グローバリズム」の思想だとそうならない危険性があります。企業に停滞するおカネを回収して国民への財の分配へ回すのではなく、企業への課税を逆に軽減してこのカネを海外への投資へ回し、企業利益の拡大=株主利益の拡大を図ると思います。

ですから、彼らは国民への課税を強化して再分配しようと言い出すでしょう。国内の通貨循環(内需)を犠牲にしても海外への投資や輸出を拡大して企業利益を出そうとするはずです。拝金主義グローバリズムに騙されないよう気をつけてください。

テクノロジーの進化に伴う生産の自動化によって、必然的に家計に支払われる総賃金は減少しますので、年金の財源を家計への課税に依存する税制では年金制度は必ず破綻します。

年金の負担増は、
少子高齢化とは無関係に、課税システムに原因があるのです。

2017年4月13日木曜日

生存のための生産活動か、生産のための生存か

人間は生存するために生産活動を行います。ですからあくまでも生産活動は人間が生きるために必要なのです。ところがいつの間にか主客が逆転した世の中になって人々を苦しめています。

主客が逆転している。つまり「人間が生存するために生産活動する」のではなく、今は「生産活動するために人間が生存する」と思われるようになり、ついには「生産活動に必要ない人間は不要である」のが当たり前だと考えられる社会に成り果てています。

そんなバカな話はない、と思うかも知れませんが、果たしてそうでしょうか?

企業にとってみれば「生産活動に必要ない人間」とは余剰人員を意味し、余剰人員をリストラすることが「正しい選択」と考えられています。「企業にとって生産活動に必要ない人間は不要である」は当たり前なのです。それは市場システムによって動く資本主義の社会ではある意味で当然です。

ところが、生まれた時からそのような価値観の世の中で生活している人々は、やがて「社会にとって生産活動に必要ない人間は不要である」と、考えるようになります。そして「余剰な人々を社会からリストラすることが正しい」と当たり前に考えるようになってしまうのです。

そして「生産活動に必要ない人間は不要である」という企業の論理を社会全体に広げ、企業の論理によって生じる失業を「自己責任」であるから「放置しろ(自滅させろ)」と主張する人々が出現するようになります。驚くべきことにこうした考えは世間の大半の人々に染み付いてしまっているようです。

生産活動するために人間の生存が許されている社会。

しかしながら、この主客が逆転した今日における「常識」がこれまで大きな矛盾を生じてこなかった理由は単に「労働力が希少な時代だったから」に過ぎません。近年における人工知能や自動生産工場の急速な進歩により、「企業における余剰な人員」は劇的に増加し、それに同調して「社会における余剰な人員」も劇的に増大するという馬鹿げた事態を引き起こす恐れが出てきたのです。失業者が膨大に発生し、その失業者を社会からリストラ(処分)する時代が訪れるのです。

新聞マスコミは「人工知能に仕事を奪われる」という本末転倒なことを平気で書いています。しかも彼らは本末転倒であることに気付かない。なぜなら、新聞マスコミの信じている常識がすでに主客逆転しているからです。「生産活動するために人間の生存が許される」との前提に立てば、仕事を奪われることは生存の危機との発想しか生まれてこないのです。相変わらず新聞マスコミの無知には驚かされます。

「生産活動するために人間の生存が許される」という資本主義的な価値観は、いまや人工知能や自動生産工場の登場によって再認識する必要に迫られています。主客の逆転した「不自然な常識」を捨て、人間生存のための生産活動に回帰する。それがベーシックインカムへの行程であると思います。

2017年4月11日火曜日

人口減少で社会保障不安煽るマスコミ

新たに発表された人口推計を受けて、社会保障の不安を煽る新聞マスコミ。テクノロジーによる生産性の向上はまるで無視して、年金抑制、医療費抑制の緊縮財政を主張、経団連はここぞとばかり移民の必要を強調。まさにマスコミによるポピュリズム手法が展開中です。

今から50年後の2065年の人口推計を国立社会保障・人口問題研究所が発表しました。それによれば日本の総人口は8800万人に減少し、高齢化率は現在の約27%から38%に上昇するといいます。それを受けて某新聞は「社会保障・働き方改革が急務」と見出しを打ち、記事では公的年金の縮小、高齢者の延命治療の見直しなどを掲載。緊縮マルだしの内容となっています。

もちろん経団連の榊原は人手不足で移民が必要、女性はもっと働けと主張しています。菅官房長官は一億総活躍の正当性をアピール。とにかく「労働強化」に余念が無い。

その一方で、テクノロジーの進化や設備投資による生産性の向上の話は政府にも経団連にも、新聞マスコミにもまったく見られません。ひたすら頭が「人間の労働中心」なのです。人工知能や無人工場は、まるでないがごとき扱いに驚きました。これは50年も先の話ですよ。50年後の人工知能や無人工場はとんでもなく向上しているはずです。今のまま50年が経過するわけじゃない。

50年後も人間の労働がないと富(財)が生まれないと考えているなら、経営者も政治家もマスコミも入院が必要なレベルですよw。

おまけに今回(2017年)の推計では前回(2012年)に比べて出生率が増加しているといいますが、その要因が「子育て支援政策の成果」だと主張しているのには驚きました。いや、2012年にくらべてかなり景気が改善してきたからでしょう。リーマンョックから立ち直りつつあるからです。人口増加には景気回復が重要なのです。しかしマスコミにも政府にもそういう評価は一切ありません。

人口減少の推計を持ち出して社会保障制度に関する不安を煽るマスコミ。不安を煽って大衆を誘導する手法を「ポピュリズム」といいますね。しかも「社会保障の不安が消費を減らしている」といいながら、社会保障の不安をこれでもかと煽る新聞マスコミは、その場その場で都合のいい事を書いているだけでしょうw。

人口減少の推計に対して、政府もマスコミも「緊縮財政マルだし」です。庶民の年金を減らし、高齢者に早く死んでもらいたい、消費税を増税したいとの意図が新聞マスコミ記事から、ひしひしと感じられます。悲観的な未来を打ち出す連中にはもう辟易です。

希望を打ち出せ!人工知能や無人工場テクノロジーの研究開発推進、設備投資の促進によって「人手を必要としない社会を50年後に実現する」のが正しい。人々の所得を向上して、女性が無理に働く必要の無い、ゆとりのある社会を実現することで出生率を高めるのが正しい。

なぜ人々に希望を与え、力強い前進を促そうとする新聞マスコミは日本に無いのか。悲観的で緊縮で、後ろ向きの、平等に貧しくなる主張が日本に溢れていることこそ大問題です。

間違いなく悲観的なマスコミが日本をダメにしています。

2017年4月10日月曜日

性懲りも無く「消費増税」を主張、経団連榊原

財務省の財政制度等審議会の会長に、経団連会長の榊原が新たに就任したという。そしてさっそく「消費税の増税が絶対に必要」と発言したらしい。ほくそ笑む財務省、日本は終わってますw。

企業にとって売り上げと利益の拡大が最も重要な目標です。本来であれば世の中の消費を増やして売り上げを増やすべき企業の経営者団体のトップが、あろうことか財務省の神輿に乗って「消費税の増税が絶対必要」と発言する日本は異常です。すでに前回の8%への引き上げでデフレ脱却が遅れているにもかかわらず、10%へ引き上げればさらに消費は減るでしょう。

しかも榊原は日本の消費が伸びない理由は「社会保障制度に不安があるから」と発言。まさに財務省の主張そのものです。社会保障より何より、消費が伸びないのは一般庶民にカネがないからです。カネを持っているのは公務員と老人だけ。

なぜ経団連の榊原が消費税の増税に固執するのか?常識的にはまったく理解できないため、斜めから推察してみることにします。

①法人税の引き下げを認めさせたい

財務省に取り入って、法人税の引き下げを実現させたいからでしょう。法人税の引き下げには代替の財源が必要との話になる。だから法人税の代替財源として消費税の引き上げに賛同し、消費者の首を切って差し出すのだと思われます。

②カネの無い日本人は客じゃない

消費税を増税すれば売り上げが減ることくらい誰でもわかります。それでも榊原が増税を主張するのは恐らく「カネのない日本人に売れなくとも、金持ちの外国人に売れればいい」と考えているからでしょう。だから輸出を拡大して売り上げを伸ばそうと自由貿易協定を必死に進めようとしていると思われるのです。法人税減税を実現するため日本の消費弱者を切り捨て、中国人やアメリカ人などに売って稼ぐから困らない。

これは邪推に過ぎないでしょうか?いえ、恐らくこのままいけば結果として「法人税の減税」+「内需縮小」+「外需依存拡大」になるでしょう。さらに「移民政策」ですw。このままだと経団連の榊原によって日本は滅茶苦茶にされてしまう。

経営者なら、世の中の売り上げが増えることを考えるべき。
ゆえに「ヘリコプターマネー」こそ正しい主張でしょう。
増税を政府に働きかける間抜けっぷりは空前絶後だわw。



2017年4月7日金曜日

韓国で反日政権誕生すればチャンス

韓国では反日色の強い政権が誕生する可能性が高い。これはむしろ慰安婦問題を最終的に決着させるチャンスだと考えるべきです。徹底的に韓国のウソを論破して全世界に知らしめることが正しい日韓友好を導くのです。

基本的に争いを好まない日本人の性格からして、これまで慰安婦問題に関しては韓国の主張に配慮しつつ、白黒をあいまいにして妥協点を見出す解決方法を探ってきました。先の慰安婦に関する日韓合意もその延長線上にあったわけです。そして両者が妥協したのです。

ところが、韓国の次期政権がその妥協をひっくり返すという。こうなったら、もはや白黒つけるしかありません。やるなら勝つ、負けるわけにはいきません。これまで韓国に遠慮してきたため、日韓関係がいつまでたっても正常化しなかった。遠慮する必要はまったくありません。韓国に対しては「徹底的にやる」しか選択肢が無いことが明白になるのです。

しかも慰安婦問題は虚構である可能性が高い。北朝鮮によるプロパガンダにより、ウソが事実として作り上げられている可能性が極めて高い。なぜなら、慰安婦20万人強制連行、20万人の慰安婦虐殺を客観的に裏付ける証拠が何もありません。逆にそうした事実が無いという裏づけの証拠ならある。

つまり、プロパガンダによって歴史的事実が捏造され、韓国のすべての国民が振り回される。これは人類の歴史においてヒトラーのプロパガンダに並ぶべき汚点です。民主主義の危機です。もし証拠も根拠もないウソが国際社会にまかり通れば、それこそが悪い歴史になる。プロパガンダによる世論操作を何としても阻止せねばなりません。

日本人は使命感を持って、この恐るべきプロパガンダと戦わねばなりません。これは人類の民主主義をプロパガンダから守るための戦いでもあるのです。そして、韓国と徹底的にやりあい、韓国のウソを叩き潰すことが、彼らの呪縛を解き放ち、本当に日韓の友好につながる。過去への反省や甘ったれた同情心では何も問題が解決しないことを日本は思い知らされました。誤った認識の元では日韓友好は千年先まであり得ません。

傲慢で高圧的な立場を当然としか思っていない韓国政府を徹底的、完膚なきまで叩き潰し、ぐうの音も出ないほどに押し込めて、ようやく、韓国と冷静に対等な立場から話し合いが出来るでしょう。ようやくまともに客観的な交渉がスタートできる。

妥協の日韓友好など成り立たないのが明白になりました。
真の日韓友好のために、あえて厳しく対応しなければなりません。

2017年4月6日木曜日

人手不足は経済成長にとって問題なし

新聞マスコミは相変わらず「人手不足が経済成長の足かせになる」と主張していますが、その指摘は無意味です。経済成長を人手に頼る政治家や経営者は能力が不足しています。経済成長の足かせは投資不足=消費不足がすべてです。

日本がバブル経済だったころ人手不足はすさまじく、アルバイトの賃金が正社員の新入社員の賃金より遥かに高いほどでした。それでも「人手不足が経済成長の足かせになる」と大騒ぎになった話は聞いたことがない。

経済成長は人手の増加ではなく、設備投資(資本装備率の向上)つまり機械化によって成されてきた部分が遥かに大きい。なぜなら、生産性の向上の最も大きな部分は、機械化によって達成されるからです。産業革命とはそういうことです。もちろん機械化以前にマネジメントがアホな会社もありますが。

人手が足りないからといって安易に移民を入れても、生産性はまったく向上しません。むしろ生産性は低下します(資本装備を増やさない場合)。ただし(生産量)=(労働人口)×(生産性)ですから、人手が増えれば生産量が増加するのはあたりまえ。だから、移民を受け入れれば企業の経営者のマネジメントがどんなに無能であっても経済が成長するわけですw。

ただし、生産量の増加に見合うだけ消費も増加しなければ、売り上げは増えませんから、移民を入れても経済はまったく成長しません。売れなければ企業にとって社員を増やす意味はありませんので、移民を雇用してコストダウンしつつ、国民をリストラする=国民の雇用を奪う結果をもたらすだけです。製造コストが下がってデフレになり、しかも売れないので海外へ輸出を始める。

一方、移民に頼るのではなく、投資を行えば機械化が進みますから、人手が増えなくとも生産量が増加します。ただし、投資は経営者が無能だと判断が難しいですね。経営者にとっては投資より移民に頼る方が頭を使わなくて楽ですw。

設備投資が不足しています、これが経済成長の足かせになります。ではなぜ投資が思うほど進まないのでしょうか?消費が伸びないからです。もし企業が投資したにも関わらず、生産に見合うだけ消費が伸びなければ、投資は失敗してしまいます。物が売れないのに、投資するはずがありません。

設備投資を高めるには、まず消費が必要です。

そのためにヘリコプターマネーです。おカネの出所がどこだろうと企業にとっては関係ありません。おカネに色は付いていない。もしヘリマネで国民の消費が増加すれば、企業の目の色が変わります。利益を求めて先を争って設備投資を始めるはずです。企業とはそういう生き物です。

人手不足などまったく問題ありません。
消費不足こそ超大問題です。

庶民にカネのない事が経済成長の最大の問題です。

2017年4月5日水曜日

「社会に満足な人が66%」は危機だよ

内閣府の調査によれば、66%の人が社会に満足だそうです。

(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017040100430&g=soc

以下引用)

内閣府は1日、「社会意識に関する世論調査」を公表した。

 「現在の社会に全体として満足しているか」との質問に「満足している」と答えた人が前回調査比3.9ポイント増の65.9%に上り、2009年の設問開始以来最高を2年連続で更新した。「満足していない」は同3.9ポイント減の33.3%で過去最低だった。
--引用ここまで

アンケートの結果を受けて、「事なかれ主義」の政府・官僚は安堵しているに違いありませんが、この結果は安心どころか危機的な状況であると思います。なぜなら大半の日本人は「欲がなくなってしまった」ことを意味するからです。

現状に満足せず、それ以上の何かを求めるからこそ社会は向上するのであって、満足してしまったらそのままということです。しかも今の社会のレベルは国民が十分に満足できるほどのレベルに達しているとは思えません。

たとえば現状の社会がたいへん素晴らしい状況で、なおかつ国民が満足しているなら問題はありません。しかし現状は消費が低迷してデフレ不況が続き、国民所得が減少を続け、長時間労働は解消せず、介護や育児の問題もあり、格差や貧困は一向に解決していません。なのになぜ人々は満足するのか?

それは「貧困でも満足できる人間」になってしまったと考えられるのです。長引くデフレや不況に我慢を続け、そうした状況に慣れ、感覚が麻痺して不幸を感じなくなってしまう。まあいいや、と諦めてしまう。そして国民が低いレベルに慣れ甘んじる状態になれば、官僚も政治家も努力などしなくなる。これでは日本の行く末はジリ貧になってしまうでしょう。結局は耐えられないほどの状態になるまで人々は「我慢」を続けてしまう。しかし、それでは手遅れになる恐れがあります。

まさに「デフレマインド」ではないのか。

国民の不満が多いよりは少ないほうが良いとは思います。しかし社会の現状が満足できるレベルに無いにも関わらず国民が満足してしまう。国民がこんなレベルで満足させられている悲しさ。そこに強い危機感を覚えてしまうのです。

2017年3月30日木曜日

中国共産党が信用できない理由

妙に中国に親和的な日本の政党があるが、なぜ中国を信頼するのか理解できません。もちろん中国人が信頼できないのではなく、「習近平」が信頼できないからです。習近平がサイコパスだったらどうすんだよw。

サイコパスとは、反社会性人格障害などと呼ばれる極めて特殊な人格を持つ人々のことで、特徴を一言で表すなら、「良心や善意を持っていない人間」だといいます。自分の目的のために躊躇なく何でも実行できる人間です。

では、習近平は何をしてるのか。次々に政敵を標的にして逮捕し、投獄している。自分を「核心」と位置づけさせ、踏み絵で権力を強化している。国内は言論統制で反政府的な発言を行えば逮捕監禁。おまけに南沙諸島に軍事基地を作って、北朝鮮を保護している。かなりあやしい。しかも一党独裁の政治体制はサイコパスの台頭にとって最適の条件にあります。権力の掌握に民意が必要ないので、党内部のパワーゲームだけで権力を掌握できる。しかも権力の集中が半端ではない。普通の民主国家じゃこんなことはできません。独裁国家でトップに出てくるヤツはあやしい。

仮にアメリカや日本の最高指導者がサイコパスだったとしても危険性は低いです。民主国家だと、司法や議会が暴走を止めるし、ヤバイことすれば選挙で落ちる。ところが一党独裁の国の最高指導者がサイコパスならとても危険です。司法や議会はおろか、国民も止められません。第二次世界大戦の例はもちろんヒトラー。そして今は習近平があやしい。

習近平の独裁国家と化した中国を普通の国と同じように扱うことは無謀だと思います。もちろん、中国が民主化すれば危険度は劇的に下がります。アメリカだって危険ですけど、今の中国の比じゃない。今の中国に対しては、明らかに独裁国家として一線を引いた上で、慎重に付き合うべきです。人間的な感情などまったく持ち合わせていない危険性も考慮すべきです。

一日も早く中国が民主化して、普通に付き合える国になって欲しいと思います。

2017年3月29日水曜日

米大統領の権力は意外に弱かったw

「トランプ大統領になったら天地がひっくり返る」くらいの勢いで新聞マスコミが騒いでいたため、大統領は相当に強力な権力を持っているのかと思っていましたが、全然弱いので驚きましたw。

トランプ大統領の行政命令として出された移民を制限する大統領令が裁判所によって停止され、オバマケアの代替法案も議会の賛同を得られずに断念。選挙で選ばれた大統領であっても、選挙公約を実行することは簡単ではないようです。逆に言えばまっとうな民主国家では権力の暴走は相当に難しいと言えます。

米国の政治機構に疎いので、よく分かりませんでしたが、米国議会は日本の議会と性質がかなり違うようです。議院内閣制の日本であれば、政党のトップが首相(行政の長)になるため、党内の議員が首相の方針に反対することは基本的にありません。ところが米国では共和党のトップが大統領になるわけではないため、共和党公認の大統領であっても大統領に堂々と反対する議員が多数いるわけです。おもしろいです。

では、共和党の党首がいるのかと思えば、そういうのはいなくて、上院院内総務というのがトップに居るようです(議会で多数派政党になると、院内総務がそのまま下院議長にスライド)。しかし日本の党首ほど党の方針を党員に徹底する力はなさそうです。今回も共和党議員をまとめきれずに法案が断念されたわけです。

そんな様子を見ると、意外に議院内閣制より大統領制の方が暴走が難しい。逆に言えば世の中を変えるのは簡単ではない。というか、これが本来の三権分立ってわけなんですね。

個人的には日本も大統領制にしたいですね。もちろん、そう簡単に世の中は変わらない。しかし小選挙区制だと死票ばかり多くて民意が議会構成に反映されているとは思えません。行政の長は直接選挙で選びたいと思います。たとえ議会の反対があったとしても、民意を汲んでくれる候補者が居れば、民意を直接に国政へ届けることができますから。アメリカの大統領制がうらやましいです。

2017年3月28日火曜日

国の借金は金融資産課税で返せ

新年度の予算が成立し、新聞マスコミがまた「遠のく財政再建」「借金依存」とか言い始めた。うるせえ。そもそも国債は日銀が全部買い取れば済む話だが、そんなにカネを返したいなら「貯め込まれたカネ」に課税しろ。

財務省や自民党は「消費税で広く公平に負担しましょう」と寝言をいうが、冗談ではない。今の世の中はカネが特定の連中に偏って分配される仕組みになっている。分配が偏っているのに、負担だけ公平に求めるとは詐欺に等しい。偽善も甚だしい。

そもそも、なぜ国の借金が返せないのか?カネを貯め込んで放さない連中がいるからだ。金持ちがカネを手放さないのに、どこから返済するためのおカネを持ってくるというのか?カネが自然発生するわけがない。貯め込んでいるヤツから取らなければ、返せるわけが無い。こんな子供でもわかる理屈が自民党の税制調査会の連中にはわからないのだ。

家計の金融資産は1800兆円。しかもどんどん増殖中だ。

それにわずか1%でも課税すれば、単純に言えば年間18兆円、消費税7%に相当する税収が生まれる。しかも金融資産はどんどん増えているので、安定財源かつ枯渇する心配は皆無だ。

いい加減に国民は目を覚ますべきです。

政府が借金して財政支出をし、そのカネを誰かが貯め込む。さらに国が借金して、また誰かが貯め込む。こんなことを繰り返せば、政府の借金と誰かのカネだけがどんどん増え続ける。そんなもの、貯め込んでいるヤツからカネを取らなければ、返せるわけないだろ。

貯め込んでいるヤツから取れ。そうすれば、貯め込んでいるヤツの顔色が変わって、カネを手放し、投資や消費に向かうだろう。今の税制はカネを貯め込んで経済を停滞させているヤツに甘すぎる。今日明日のカネに苦労して日々生活する人に厳しすぎる。それが、自民党の税制調査会の連中にはわからないのだ。

ただし繰り返すが、国債を返す必要は無い。
それでも返したいなら、貯め込んでいるヤツから取れ。

考えるほど腹が立ちます。

2017年3月24日金曜日

財政赤字は史上最低のカラ騒ぎ

財政赤字は通貨発行権を持つ国家にとって何の問題にもなりません。むしろ、通貨発行で済むはずの通貨調達をわざわざ国債発行つまり借金にした行為は詐欺と言えます。基本的に国が借金しなければならない理由は一つもありません。いい加減に「国の借金ガー」なんてカラ騒ぎは止めるべきです。

国民に通貨発行権があるにも関わらず通貨を発行せず、わざわざ国債を発行して「国の借金ガー」「国民1人800万の借金ガー、払え」と騒ぐマスコミ。まさに史上最低のカラ騒ぎが展開されていますw。こんな馬鹿げた茶番でも「仕掛けが大きければ騙される」のが大衆です。ヒトラーのプロパガンダと同じ、仕掛け装置が大きすぎて目がくらんでしまうのです。

バブル崩壊後の失われた20年の間、国債を発行せず、通貨を発行して財政支出の通貨を調達するのが正しい方法だったのです。つまりヘリコプターマネーです。もし当時からヘリコプターマネーが正しく行われていたなら、1000兆円もの国債を発行することはなかったでしょう。代わりに1000兆円の通貨が発行されていたはずです。

そんなことをしたら、ハイパーインフレになっていた?いえいえ、おそらく大差は無いでしょう。なぜなら、「国債」でも「ヘリマネ」でも、結果として生み出される世の中のおカネの量は同じだからです。1000兆円のヘリマネでも、1000兆円の国債でも、世の中のおカネ(すなわち、民間銀行の預金)は1000兆円増えるからです。増えるおカネの量が同じなのですから、物価に与える影響も大差ないでしょう。

ですから、当時から現金を発行してヘリマネをすべきだった。そうすれば国債がこれほど増えることも無かったのです。そうせずに、今になって、この国債を日銀が買い取り始めました。金融緩和です。しかし、どうせ日銀が国債を買い取るなら、最初から日銀が政府から国債を直接に買い取ってヘリマネをすべきだったのです。いまさら「時間差ヘリマネ」をやったところで効果は薄い。

時間差ヘリマネは、銀行にタダで金利を与えるだけの政策。

財政赤字は史上最低のカラ騒ぎです。国民に通貨発行権があるにも関わらず通貨を発行せず、わざわざ国債を発行して「国の借金ガー」「国民1人800万の借金ガー、払え」と騒ぐマスコミ。恐ろしいほど馬鹿げていますが、時間の規模や金額の規模が大きすぎて、このバカバカしさに大衆は気付きません。新聞マスコミのように目の前の事象に大騒ぎするのではなく、長期的かつマクロ的に見なければ、裏から社会を動かす仕組みは見えません。

通貨発行権を行使せず、意図的に国民に借金を負わせる行為すなわち「国債発行」は国民主権の侵害であると断言できます。それは国家的な詐欺です。通貨発行は国民主権であり、国民主権のない現在の資本主義国家は民主主義ではありません。

しかし、この問題に正面から取り組む政党はありません。
ゴシップで与野党がバカ騒ぎする日本の国会には、
絶望するしかありません。

2017年3月23日木曜日

世界平和のカギは中国の民主化

中国は真の民主国家ではありません。中国共産党の一党独裁の元で政治思想は厳しく制限されています。そうした環境では「独裁者」が誕生する可能性が高く、独裁者の暴走が世界の平和を破壊してきた歴史があります。

それがナチスドイツであることは言うまでもありません。ナチスの一党独裁によってヒトラーは独裁者と成り、批判を受けることなくすべての権力を集中して国家・国民を「ドイツの核心的利益」に向かわせました。それが戦争という手段をもって行われたのです。

そして中国共産党の一党独裁の元、習近平に権力が集中し、まさに独裁者が誕生しようとしています。そしてナチスと同様、急速な軍備増強を推し進めており、軍事力を背景に周囲の国々を恫喝するに至っています。歴史は繰り返す。アジアに第二次世界大戦以来の危機が高まっています。

独裁政権の恐ろしいところは、暴走を止められないことにあります。たとえばトランプ大統領をマスコミが悪の権化のように報道していますが、所詮、大統領の権限は制限されています。だからトランプ大統領が強硬な大統領令を出したところで、司法が止め、議会が止め、最終的に国民が支持しなければ何もできません。

ところが、独裁政権では習近平が戦争すると言えば、誰も止められません。ナチスのようなむかし話ではありません。北朝鮮を見れば今日でも十分に起こりえることがわかるはずです。民主主義が正常に機能していれば、国民によって独裁者は排除されます。しかし独裁政権ではそれはありません。情報統制とプロパガンダによって、民意もまた完全にコントロールされてしまいます。

共産党に独裁された中国は極めて危険です。
一刻も早い中国の民主化が求められます。

中国が民主化し、多くの政治思想が対立する多党政治になり、司法・立法・行政の三権分立が導入され、報道の自由、インターネットの制限が解除されれば、中国の脅威は激減するはずです。そもそも、積極的に戦争したい国民などいません。安心して豊かに生活することだけが国民の願いなのですから。

北朝鮮、南沙諸島、尖閣諸島そして香港、台湾、ウイグル、チベット。

中国が関わる国際問題は多数ありますが、中国が民主化しない限り、これらがいつ武力紛争に発展するかまったく予断を許しません。中国がどんなに表面を平和に取り繕ったところで、独裁政権であるだけで十分に潜在的な脅威なのです。

2017年3月22日水曜日

取り付け騒ぎと通貨改革

金融資産に課税すると「取り付け騒ぎになる」との話が出てきます。しかし問題ありません。その機会に100%マネーに切り替えましょう。そうすれば引き出し要求にはすべて応じることができますし、むしろ良いでしょう。

取り付け騒ぎとは、預金者が民間銀行に押しかけて、預金を引き出そうとする(預金を現金に換える)行為です。一般的には取り付け騒ぎになると預金の引き出しに応じることができず、銀行が閉鎖されて、預金は失われてしまいます。銀行は流動性を失うため決済不能となり、経済にも大きな影響が出ます。

しかし、取り付け騒ぎの原因は現在の銀行制度にあります。現代の銀行制度において預金は「信用創造」によって作り出されています。つまり、一定の現金をいわば「見せガネ」にして、その何倍ものおカネを預金として企業や個人に貸し出すことで「信用創造」しています。そのため、現金の何倍もの預金が世の中には存在しています。ですから、そもそもすべての預金を現金として引き出すのは「最初から不可能」な制度なのです。

現代の銀行制度は常に現金の量より預金の量が大きい。

もし、現金の量と預金の量が同じであれば、すべての現金を引き出すことは可能なはずです。そのためには「預金だけが勝手に膨張する仕組み(信用創造)」を止める必要があります。なぜ現金より預金が多いかと言えば、預金だけが勝手に増えるからです。もし預金が勝手に増えなければ、「現金の量=預金の量」になります(専門的にはマネタリーベース=マネーストック)。

それが100%マネーの基本的な考えです。

もし企業や個人がより多くのおカネを必要としているのであれば、民間銀行が勝手に預金を増やすのではなく、日本銀行などの政府が現金を増やせば良いのです。日本銀行が増やした現金は民間銀行に預金されますので、同時に同額の預金が増えます。こうして現金と預金が同時に増えるなら、常に「現金の量=預金の量」は維持され、すべての引き出しに応じることができます。

そのために、通貨改革が必要です。

さて、現時点(預金が現金の何倍もある状態)で取り付け騒ぎが起きたらどうなるか?すべての預金を現金として引き出すことはできません。しかし、日銀が民間銀行に現金を無利子で融資すれば、すべての引き出し要求に応える事が可能です。ただし、日銀券の印刷には時間が必要なので、印刷時間の分だけ待たされることになりますが。

すべての現金が民間銀行から引き出されたとしても、銀行は日銀から現金の融資を受けることが可能ですから、貸し出しするおカネに困ることはありません。預金が無ければ、むしろ預金者に金利を払う必要がありませんので、銀行は経営が楽になるかも知れませんね。

100%マネーにすれば人々の預金は完全に保護されますので、銀行が倒産しても預金は消えません。焦って現金を銀行から引き出す必要はありません。手元に現金を置けば物騒ですし、支払いもすべて現金という、大昔に逆戻りしてしまうだけです。

2017年3月21日火曜日

過去の常識を捨てる政治が必要

与党も野党も「過去の常識にしがみついた政策」ばかりです。これだけテクノロジーが進化しているのに、政治にはイノベーションがまったく感じられません。政治がテクノロジーの進化を台無しにしています。足を引っ張っているのは次のような時代遅れの常識です。

①完全雇用

過去の時代において完全雇用はとても重要でした。失業者が増えれば生活に困窮する人々が増えて社会が不安定になります。また失業は社会において労働力が有効に活用されていないことも意味します。完全雇用によってすべての労働者が労働すれば社会全体で生産される財の総量は最大になります。それだけ国民は豊かになると言えます。ですから過去の常識でいえば完全雇用を目指すのです。

しかし、テクノロジーの進化により機械化が進み、労働力が過剰となり、すべての人に仕事を与える完全雇用は難しくなりつつあります。同時に、ロボットや人工知能によって完全自動生産が可能になりつつあり、すべての労働者が働かなくても十分な量の財を生産できるようになります。むしろすべての人をムリに働かせれば、作りすぎてムダだけになるでしょう。もはや完全雇用は過去の常識にすぎません。

②消費税

過去の時代においてインフレの抑制はとても重要でした。需要より供給が少ない時代では物価は常にインフレ傾向であり、すぐにインフレが加熱してしまいます。とりわけオイルショックのように、資源の不足した時代においては「消費を減らすこと」が物価や社会の安定にとって重要です。消費を減らして物価を安定させるには消費税が極めて有効であることは間違いありません。インフレの時代では消費税は常識でした。

しかし、テクノロジーの進化によって状況は180度変わりました。需要より供給が大きくなったのです。そのため物価はデフレ傾向となり、何かあればすぐにデフレに戻ってしまいます。消費不足供給過剰の現代にあっては、消費を減らす消費税は極めて有害です。経済の基調がインフレからデフレに反転した時点で、消費税の有効性は過去の常識になったのです。

③緊縮財政

過去の時代において緊縮財政はとても重要でした。国債の発行は世の中の通貨(預金)を増やす働きをするため、放漫財政は世の中のおカネを必要以上に増やすリスクがあります。需要より供給の少ない時代では、世の中のおカネを増やせばインフレを引き起こしてしまいます。また公共事業そのものは消費財の供給力を増やさず、むしろ消費財の供給力を奪ってしまうため、過度の公共事業は経済成長も阻害します。ですから、政府の支出をなるべく小さくする緊縮財政は常識でした。

しかし、テクノロジーの進化によって供給過剰の時代に変わり、デフレを基調とする経済になりました。そのため世の中のおカネを増やす必要が生じてきました。政府が財政支出を拡大すれば世の中のおカネが増えます。また供給過剰であるため、公共事業を行っても消費財の供給力を減らす心配はありません。供給過剰・消費不足の時代に反転した時点で、緊縮財政は過去の常識になったのです。

他にもありそうですが、とりあえず3つの古い常識を考えてみました。これはいずれも「インフレ時代の常識」であり、デフレの時代には通用しません。常識は次のように変更すべきです。

完全雇用 → ベーシックインカムへ
消費税  → 消費税率0%へ
緊縮財政 → ヘリコプターマネーへ

2017年3月20日月曜日

参考論文に追加しました

サイドバーの「参考になる論文・レポート」に以下追加。

貨幣レジームの変革とベーシックインカムの持続可能性
―文明の未来はマルクスではなくダグラスが握っている―
(井上智洋)


未来の経済システムには、「通貨改革とベーシックインカムの両方が必要である」ことを簡潔にまとめてありますので、一読に値すると思います。まったくの初心者には難しいものの、そこそこ知識のある人なら容易に理解できます。

100%マネーの導入を勧めておられます。

また、「内生的貨幣供給理論」と「外生的貨幣供給理論」のどちらかではなく、両方ありえることをきちんと示した上で、現在の通貨制度では、その両方が有効に機能しない点から、100%マネーとベーシックインカムの必要性に結論しています。

新聞マスコミ、政治家、御用経済学者は否定していますが、これからは、こうした考えを持つ経済学者がどんどん増えてくると思います。


2017年3月17日金曜日

公共投資やるなら資源テクノロジーへ

財政政策が求められています。公共工事も重要ですが、もっと重要な投資は「資源テクノロジー」への研究開発投資です。途上国が経済成長を始めれば、たちどころに資源不足に陥る危険性が高く、一刻も早い対策が必要です。

現在の世界は先進国も途上国も不況ですが、リーマンショック前までは先進国も途上国も好景気だったことを思い出すべきです。つまり今は金融資本主義の制度的な欠陥によって「カネが回らない」から世界が不況なのであって、もし、政府通貨制度などの採用で欠陥が克服され、世界のカネ回りがよくなれば、世界経済は成長期に戻るはずです。

世界経済が本格的に回復すれば、資源需要が増加し、資源価格が暴騰するでしょう。おそらく日本政府はそのときになって大騒ぎするでしょうが手遅れです。資源価格の暴騰はオイルショックと同じ災い、つまり深刻なスタグフレーションを日本にもたらすに違いありません。資源が暴騰してしまえば、金融政策も財政政策も意味がありません。

ですから、近い将来における資源枯渇への対策として、資源テクノロジーの研究開発を国家主導で強力に推し進めておかねばならないと思います。それは海外に依存せず、日本国内で資源を賄うための技術です。日本の国内で資源の大部分を調達・リサイクルできるようになれば、資源価格の暴騰を恐れる心配は無くなります。

具体例としては、エネルギー分野におけるメタンハイドレートや自然エネルギーのコスト引き下げ、構造材分野における金属資源の代替(植物プラスチックやナノファイバー等)、希少資源におけるナノテクノロジーによる代替などです。こうした研究は官民ですでに始まっていますから、その予算を2倍3倍に増やして加速させるのです。

カネなど刷ればいくらでも無尽蔵にできます。しかし資源が枯渇すれば何もできません。デフレの今のうちにカネをバンバン刷って、将来の資源不足の時代に備えた研究開発に投資しないでどうするのでしょうか。財務省にそんなビジョンはありません。あるのは緊縮財政だけ。

財政赤字や人口減少など問題ではありません。
資源が枯渇すれば、日本は間違いなく貧困化します。
資源安の今こそ、資源テクノロジーに取り組まねばなりません。

2017年3月16日木曜日

投資過剰は本当に悪いことか

一般に設備の過剰、投資過剰は悪いことと考えられています。バブルの頃の投資過剰が問題視されたこともありました。しかし本当に投資過剰は問題なのでしょうか。

投資により生産設備が作られれば財(モノやサービス)の生産能力が増加します。より多くの財を生産できるようになるのですから、世の中は豊かになるはずですし、何も困ることはないと思います。にもかかわらず、投資が多すぎると良くないというのです。

なぜなら、投資は「借金」で行われる場合が多いからです。借金して投資を行う場合、借金は返済しなければなりません。金利の支払いも必要です。ですから利益を生まなければなりません。しかし、生産量が増えると市場で商品の価格が低下し、利益が少なくなります。ですから「多く作ってはいけない」のです。

ある意味では、投資が増えれば増えるほどリスクが高まります。借金と金利を返済しなければならないためです。本当は投資すればするほど生産力が高まって安く人々に届けられますが、それでは借金と金利を返済できずに倒産してしまうのです。

それは避けられないのでしょうか?
借金とは別の方法で投資を行えばよいのではないでしょうか。

株式による投資、あるいは企業利益の再投資であれば、仮に投資過剰であったとしてもリスクはずいぶん小さくなるはずです。株式投資で設備が過剰になっても株式の配当金がゼロになるだけで会社は倒産しませんし、利益の再投資の場合も内部留保が減るだけで倒産はしません。どちらも無借金なので、借金と金利を返済する必要が無いからです。

社会全体で設備が多すぎると供給過剰のために「原価割れ」を起こす可能性はあります。そんな場合は、設備の稼働率をさげて生産量を減らし、市場価格を操作すれば企業が倒産することはないでしょう。しかし設備は遊んでしまいます。

それなら、作りすぎた財を買うだけのおカネを庶民に与えたらどうでしょう。価格が安くても庶民がどんどん買えば企業の利益は増加して、採算は取れます。そうすれば庶民は安く大量の商品を手に入れ、企業の投資は無駄にならない。もちろんあまりにも過剰な投資はムダな生産を増やすだけで意味はありません。

そのように考えてみると、あまりに極端な例を除けば、投資過剰に問題があるわけではなさそうです。むしろ投資を活かせない社会のシステムに問題があるような気がするのです。

給付金による消費者の購買力強化
企業利益に基づく無借金の再投資

この二つが十分に行われるなら、投資がやや過剰になることは、あまり問題にならない気がします。問題の原因は「借金による投資」であり、つまり「投資すればするほど借金が増える」仕組みに問題があるような気がします。


2017年3月15日水曜日

「ハイパーインフレがー」は根拠不明

安倍政権以前には「金融緩和するとハイパーインフレがー」が大量に湧いていましたが、最近でもおカネを発行するとインフレが止まらなくなるとの迷信が根強いようです。しかしその明確な根拠は寡聞にして知りません。

ヘリコプターマネーの重要性(財政政策+金融政策)が説かれる一方で、反対論が非常に強く実施に至っていません。その理由はインフレが止まらなくなるとの批判です。しかし、インフレの根拠の説明はほとんどありません。説明としてあるのは「おカネの発行を止められなくなる」という論だけです。

しかし、なぜ「おカネの発行を止められなくなる」のでしょうか。騒ぐだけで説明が無いのです。仕方ないので、考えてみましょう。

「止められなくなる」現象には大きく2種類があります。

①景気対策として止められなくなる
②おカネの発行が勝手に止まらなくなる

景気対策として止められなくなる。ところで、発行したおカネはどこへ行ってしまったのでしょうか。そもそも発行したおカネが世の中を回れば景気がよくなりますから、その時点でおカネの発行を止めることができます。ところが発行したおカネを誰かが貯め込んでしまえば、いくらおカネを発行しても循環は良くなりませんし、景気は回復しません。それではキリがありません。

この場合は、誰かが貯め込んでしまったおカネに課税して吸い上げ、それを財政投資として世の中に循環させてやらなければなりません。そうすれば、それ以上におカネを発行する必要はなくなり、おカネの発行を止められます。

おカネの発行が勝手に止まらなくなるメカニズムは何でしょう。おカネのうち、「現金」の発行を止めるのは簡単です。インフレターゲットにより、例えば「消費者物価上昇率3%を超えたら日銀が現金の発行を止める」と法律で決めれば、必ず止まります。

しかし同じおカネでも「預金」の発行を止めるのは簡単ではありません。預金は民間銀行が発行するおカネですから、それを強制的に止めるメカニズムは存在せず、インフレターゲットなど無関係にどんどん預金が発行されます。こうして世の中の預金が増加することでインフレが止まらなくなるリスクはあります。

もちろん日銀など中央銀行が政策金利を引き上げることで、預金の増加に歯止めを掛けることは可能です。ただし、多くの場合これに失敗してバブルとバブル崩壊を繰り返してきた歴史があります。

とはいえ、預金を止めるのは、実は簡単です。民間銀行が勝手に預金を発行するのを禁止し、世の中のおカネのすべてを日本銀行が発行するようにすれば良いのです。日本銀行の発行するおカネ(現金・日銀当座預金)だけで世の中のおカネを回せば、日銀がおカネの発行を止めた時点で、それ以上におカネが増えることはありません(政府による硬貨発行は除く)。

以上より、おカネの発行が止められなくなる2種類の現象は、いずれも対応が可能です。おカネが増えなくなれば、インフレはいずれ収束します。おカネが増えずにインフレだけ亢進することはあり得ません。

なぜなら、物価とは「おカネと財の交換レート」であり、おカネと財の量の比率で決まるからです。もし世の中のおカネの総額が100で、商品の総量が100とすれば物価は1となり、それ以上に上昇しません。100以上のおカネを払えないからです。100の商品を120のおカネで払えば物価は1.2に上昇しますが、それはおカネが120に増えなければ不可能です。

以上より、「ハイパーインフレがー」を気にする必要はまったくありません。ただし、これからの経済には「金融資産課税」と「通貨改革」が不可欠であることが分かります。