2018年2月15日木曜日

仮想通貨・電子マネー・銀行預金のバランスシート

2018.2.15

バランスシートにおける仮想通貨の発行のしくみについて、電子マネー・銀行預金と比較しながら考えてみました。仮想通貨がまさに恣意的な「打ち出の小槌」となる可能性は否定できないと思います。

(じいちゃん)
今回は仮想通貨の発行のしくみをバランスシートで考え、電子マネーや預金通貨とどこが違うか考えよう。なお、バランスシートを使わずにそれぞれの違いを過去記事「仮想通貨・電子マネー・銀行預金の違い」で説明しておるので、始めにそちらを読んで欲しいのじゃ。

さて、まず始めは何度も説明しておる銀行預金の発行のしくみを考えてみるのじゃ。銀行預金は市中銀行が発行する準・法定通貨じゃ。預金は銀行が企業や家計などに貸し出しを行う際に発行する。



※図が見にくい場合は本編サイト記事でご確認ください。

A)預金の発行前の状態においては、銀行にも企業・家計にも預金はない状態じゃ。B)例えば銀行が1000円の貸し出しを行う場合、①銀行が預金通貨1000円を発生させて企業・家計に貸し出しを行う。銀行にとって預金は「預かり金」を意味するので負債に計上される。一方で家計や企業にとって預金は資産じゃ。②銀行は貸し出しをしたので貸出債権(貸出金)1000円が資産として計上され、それに対して企業は銀行からおカネを借りたので負債として借入金1000円が計上されることになる。このようにして、A)なにもない状態からB)1000円の預金通貨が発生したのじゃ。これによって世の中の預金が1000円増加する。

C)もし企業・家計が借り入れを返済しようとすればB)とはまったく逆の操作になる。①企業・家計は返済として預金1000円を銀行に支払うことになり、おカネを返したわけじゃから企業・家計の借入金1000は消える。②預金1000円が銀行に返済されると銀行の貸出債権と相殺される、つまり預金1000円は消えて、同時に貸出金1000円も消える。こうしてA)元の何もない状態にもどるわけじゃな。預金は「借りては発生し、返しては消滅する」を繰り返しておるのじゃ。なお、実際には企業・家計が銀行に返済する際は利息も銀行に支払うのじゃがここでは省略する。

(ねこ)
ふにゃ、「借りては発生し、返しては消滅する」預金というおカネって何度聞いても変な気がするにゃ。まあいいですにゃ、ところで電子マネーの場合はどうなのかにゃあ。

(じいちゃん)
電子マネーは前回説明したとおり「前払い式支払い手段」と呼ばれるもので、マネーと言っても商品券と同じ分類になる。電子マネーは銀行ではなく一般の企業が発行することが可能じゃ。



A)電子マネーを発行する前の状態は、企業や家計が預金をすでに持っている状態からスタートする。B)例えば電子マネーの発行元が1000円の電子マネーの発行を行う場合を想定する。①企業・家計の人が1000円分の電子マネーをカード等にチャージしたい希望すると、企業・家計の預金の1000円が発行元に支払われて発行元の資産に計上される。②代わりに発行元が電子マネー1000円を発行し、企業・家計のカード等に電子マネーがチャージされて利用可能な状態になるんじゃ。同時に、発行元の負債に電子マネーが計上される。これは発行元からすると預金を電子マネーとして預かった状態にあることを意味する。一方、企業・家計から見れば、自分の預金と電子マネーを交換した恰好となる。

この場合は世の中の預金の量は増えも減りもしない。預金が企業・家計から発行元に移動するだけじゃ。そして世の中の電子マネーの量は1000円分だけ増える。もし広い意味で電子マネーをおカネだと考えるなら、預金と電子マネーの両方を合計すると世の中のおカネの総量が増えたことになるじゃろう。しかし電子マネーを売ることで発行元が入手した預金1000円は発行元が自由に使えるおカネではないんじゃ。なぜなら電子マネーがお店(加盟店)で使われた後で、お店から電子マネーと預金の交換を求められるからじゃ。つまり「預かり金」として預金が発行元に固定化され(流動性がない)、その預金の代わりに電子マネーが出回るという寸法じゃ。

例えば、C)電子マネーをチャージした企業・家計の人が電子マネーの加盟店から商品を買ったとしよう。その際、企業・家計のカードから電子マネーが加盟店に移動する。D)その後、加盟店は電子マネーの発行元に対して預金の支払いを請求することになる。①加盟店が電子マネー1000円を発行元に返却し、その時点で電子マネーは消えることになる。②そして発行元は預金1000円を加盟店に支払うわけじゃ。ただしその際に発行元は加盟店から電子マネーの利用料金を受け取るのじゃが、ここでは省略しておる。

(ねこ)
電子マネーはあくまでも預金の代わりとして利用されているだけなんだにゃ。預金を預かって、代わりに電子マネーを渡しているのにゃ。だから電子マネーを発行することは世の中のおカネの流通量を増やすことにはならないんだにゃ。

(じいちゃん)
ちなみに預かり金と言えば銀行の「預金」を連想するが、実際には銀行の預金は預かり金ではない。もし預金が預かり金であるなら、世の中の預金が増えるためにはあずかる元になる現金が先に増えるはずじゃ。増えた現金を預けるから「預かり金が増える」ことになる。しかし実際には世の中の現金が1円も増えなくても、銀行が貸し出しをすると預かり金であるはずの「預金」が増加する。これを信用膨張という。よって銀行預金はバランスシート上では預かり金の形になっているが(銀行の負債)、実際には預かり金ではない。

一方で電子マネーはまさに預かり金じゃ。電子マネーが増える際には、必ずおカネが発行元に預け入れられることになる。電子マネーだけが勝手に増えることはない。しかし、もし発行元が銀行と同じように電子マネーを「貸し出し」するとどうなるか?この場合はおカネがまったく預け入れられなくとも、預かり金であるはずの電子マネーが膨張する。これが信用創造の本質じゃな。ただし一般の電子マネーの発行元がこれをやれば加盟店に支払うための預かり金が不足して取り付け騒ぎになり、牢屋にぶち込まれることになるじゃろう。

(ねこ)
なるほど、おカネの仕組みは複雑だにゃ~。

(じいちゃん)
仮想通貨の場合は預金通貨や電子マネーとはまるで違うんじゃ。



A)仮想通貨は貸出やチャージの際に発生するわけじゃなく、仮想通貨の発行元がまず最初に発行する。おもちゃの紙幣を発行するのと同じことで、発行だけなら誰でもできる。ただし発行したばかりの仮想通貨は価値がゼロじゃ。A)例えば仮想コイン10万枚(時価=0円)を発行したとしよう。B)発行元は仮想コイン10万枚を市場で売りに出す。いくらで売れるかは市場原理で決まるわけじゃ。例えば①コイン10万枚を企業や家計が1000円で買ったとすると、②企業・家計が預金1000円を発行元に支払い、発行元は仮想コイン10万枚の売り上げとして預金1000円を資産に計上する。企業や家計は預金の代わりに仮想通貨1000円分を資産として手に入れる。さてここからが仮想通貨と電子マネーの大きな違いじゃ。

発行元が入手したおカネは、電子マネーを販売した際のような「預かり金」ではなく、売上金に該当するんじゃ。例えばおもちゃの紙幣を製造してそれが売れれば売り上げになるのと同じじゃ。従って③この売り上げは発行元の利益となり「純資産」に剰余金として計上されるわけじゃ。従ってこのおカネは発行元がすべて自由に使うことができる。

(ねこ)
ふにゃ~、なんだか発行元は丸儲けなんだにゃ。

(じいちゃん)
確かにそれは言えるじゃろうな。電子マネーが預かり金であったのに対して仮想通貨は売り上げ利益になる。仮想通貨が商品とされるからじゃ。しかし仮想通貨の発行は、本質的には何らモノやサービスといった価値を生産しておらん。じゃから世の中の富は一切増えておらんのじゃ。にも関わらずに仮想通貨を販売して利益を得ることを放任すれば、特定の個人や集団にだけ利益を与えることになる。おかげで仮想通貨としての本来の機能よりむしろ投機ゲームの対象商品となっておる。これは公共の利益に寄与すべき通貨の責務から逸脱しておる。こうした点には注意が必要じゃろう。

ところで仮想通貨を発行した場合は世の中のおカネの量が増える可能性が高い。というのも、電子マネーの発行と異なり、発行元が入手したおカネはすべて発行元の利益なので自由に使うことができるからじゃ(流動性が高い)。また仮想通貨はもともと仮想通貨を使った取引を行うことが前提じゃから、これも自由に使うことができる。しかも電子マネーが発行元に戻って消滅する仕組みになっておるのに対して、仮想通貨は一旦発行されると消滅することはない。じゃから仮想通貨によって世の中のおカネの量は増えるんじゃ。

その点では、仮想通貨は政府通貨に近い存在じゃ。政府通貨は政府が発行する通貨であり、貸し出しや預金の預かりをせずとも通貨が発行されるし、一旦発行されると基本的に消滅することはない。じゃから政府通貨を発行すれば世の中のおカネを増やすことができる。政府通貨が仮想通貨と違う点は、法定通貨として「政府通貨1円=現金1円」の関係が政府によって最初から法的に保証される点じゃな。

ところで、仮想通貨を発行しても世の中の預金の量は変わらない。預金は仮想通貨を買った人から仮想通貨の発行元に移動するだけじゃからのう。世の中の預金の量が増えるのはあくまでも市中銀行が貸し出しを行った場合(預金の信用創造)だけじゃ。

(ねこ)
うにゃ、ややこしいにゃ。もっとややこしいことに民間銀行が独自の仮想通貨を発行する話があるにゃ。民間銀行の仮想通貨とビットコインなどの元祖・仮想通貨は何が違うのかにゃ。

(じいちゃん)
民間銀行の仮想通貨はまだ実施されておらんのであくまで予測じゃが、どうやら銀行の仮想通貨は仮想通貨1単位=1円という交換レートになるらしいの。とすればこれは電子マネーと同じ「前払い式支払い手段」である可能性が高い。では電子マネーと何が違うかと言えば、送金の仕組みに仮想通貨と同じ「ブロックチェーン」技術を利用する点じゃ。これをもって民間銀行は銀行の仮想通貨を「仮想通貨」だと呼んでおる。しかし実態は電子マネー(前払い式支払い手段)じゃから、デジタルに弱い人から見ると実にややこしい存在じゃのう。



さて、バランスシートを考えてみよう。そもそも銀行は預金通貨の発行元じゃから、一般の企業が電子マネーを発行する場合と少々異なるじゃろう。例えばA)銀行の仮想通貨を発行する前、企業・家計が資産として1000円のおカネを保有しているとすれば、それに対する負債として銀行には1000円の預金が必ず存在する。これは企業・家計が銀行におカネを預けているような形になっている。そこでB)企業・家計が仮想通貨を要求すると、銀行が仮想通貨を発行して預金と仮想通貨を交換する形となる。つまり①企業・家計の保有する預金と銀行の負債である預金が消滅し、代わりに②銀行が仮想通貨1000円を発生して企業・家計に仮想通貨を渡すことになる。

これにより、銀行は負債としての預金の量が減って負債としての仮想通貨の量が増えることになる。負債の総額は変化しないが、銀行にとってはメリットがあるのじゃ。なぜなら預金に対して銀行は預金者に金利を支払わねばならない。現在の預金金利はほぼゼロじゃが、それでも巨額の預金があれば支払利息は馬鹿にならんじゃろう。一方で仮想通貨の保有者に対して金利を支払う必要はない。つまり銀行は預金が減って仮想通貨が増えるほど金利負担が軽くなって利益が出易くなるわけじゃ。

(ねこ)
なるほどにゃ~、もしかすると銀行は預金者に支払う金利を節約するために仮想通貨を推進したいのかも知れないにゃあ。

(じいちゃん)
ほっほっほ、そこらへんは何ともワカランのう。しかし仮想通貨を利用すればシステムの維持費が削減される分だけ手数料が安くなるから、それは銀行にとってだけじゃなくワシら一般人にとってもメリットになるじゃろう。

とまあ、今回は仮想通貨のバランスシートを、預金通貨、電子マネー、銀行の仮想通貨と比較してみたのじゃ。一口に「おかね」と言っても、バランスシート上も大きな違いがあることがお分かりいただけると思う。悪意のある連中に騙されんように、ワシらはおカネについて十分に理解する必要があるのじゃな。さて、次回は仮想通貨の課題とあるべき仮想通貨の姿について考えてみたいと思うのじゃ。

(本編サイトにも同時掲載)

2018年2月14日水曜日

北朝鮮の悪事の後始末は統一朝鮮が負う

韓国が北朝鮮の策略に載せられて人権や核兵器をウヤムヤにしそうな気がします。もしその責任は自分達にないと韓国が考えているのだとすれば大間違いでしょう。北朝鮮がなくなっても責任が消えるわけではありません。韓国にとって北朝鮮の悪事は他人事では済まされません。

北朝鮮との融和ムードに目をくらまされ、もしかすると韓国の中には「北朝鮮の悪事は自分達と関係ないから好きにやらせておけばよい」と考えている人がいるかも知れません。もしそうなら、これは韓国の人々の判断を誤らせる原因になるかもしれないと危惧しています。

例えば最悪の場合、北朝鮮が核ミサイルを日本や中国に撃ち込んで甚大な被害を出し、その後に北朝鮮が崩壊して統一朝鮮が誕生したとすれば、その北朝鮮の核ミサイルの被害の責任を誰が負う事になるのか。北朝鮮政府が消滅したのだから関係ないでは済まされません。統一朝鮮が責任を負う事になります。

それはそうでしょう。日本の場合もそうでした。日本は敗戦後にアメリカに占領されて、憲法を始め、あらゆる制度が強制的に変更されたわけです。つまり、旧日本政府は倒れて消滅し、まったく違う日本政府が作り出されたのです。しかし戦争によって多くの国に被害を与えたため、その責任は新しい政府に引き継がれることになったわけです。

つまり、北朝鮮が働いている悪事の数々は、すべて統一朝鮮に引き継がれることになるのです。こうした厳しい現実をしっかりと認識するなら、北朝鮮の動向に無関心ではいられないでしょう。今からでも北朝鮮が諸外国に対して被害を与えようとする行為を全力で阻止しなければならないはずです。

もちろんそこまで単純ではありません、実際には駆け引きとか、パワーバランスとか、国際関係のどろどろした汚い部分で決まるからです。しかし、北朝鮮が仮に大問題を引き起こしたなら、それは統一朝鮮の責任に引き継がれるのです。

しかし、驚くことにこうした基本的な部分を新聞マスコミが報道することはありません。おそらくお得意の「見て見ぬふり」でしょう。このことに気付かないはずがないからです。厄介ごとには関わらない、騒ぎになるまで放置するのでしょう。


2018年2月9日金曜日

仮想通貨・電子マネー・銀行預金の違い

2018.2.9

仮想通貨・電子マネー・預金通貨の違いについて、技術的な側面からではなく、発行と流通のしくみ(おかねとしての本質)から考えてみました。おかねの本質を考える上での一つのヒントにして頂ければと思います。

(ねこ)
ふにゃ~、最近は電子マネーやら仮想通貨やら種類が多すぎて、一体何がどう違うのかさっぱりわからないのにゃ。それらは「おカネ」といわれているけど、本当におカネなのかにゃあ。

(じいちゃん)
ほっほっほ、まったくややこしい世の中になってきたのう。しかしこれは「おカネとは何か?」を多くの国民が真剣に考える大きな機会になると思うのじゃ。経済にとっておカネは重要じゃから、ワシらは何を差し置いてもまずおカネについて十分に理解することが大切じゃ。

さて、厳密におカネと言えば、それは現金のことじゃな。つまり政府が発行する「硬貨」と日本銀行が発行する「日本銀行券」すなわち紙幣だけじゃ。ただしこれらは日本銀行の当座預金として存在することもできるため、「日銀当座預金」という通帳のようなものに記載されている額も現金になる。現金による決済(支払い)は法的に有効とされ、だれもそれを拒否することはできない、これを「強制通用力」という。こうしたおカネを「法定通貨(法貨)」と呼ぶんじゃ。厳密に言えば政府や日銀が発行するおカネ「現金」だけがおかねと言える。

(ねこ)
ふにゃ、民間銀行(市中銀行)の預金通帳に記載されている預金はおカネじゃないのかにゃ。

(じいちゃん)
もちろん、銀行(市中銀行)の預金も政府が現金に準じるおカネと認めておるからおカネと言って間違いない。しかし、預金はあくまで現金から派生して出来たおカネであって現金そのものではない。預金はあくまで銀行の存在によって保証されているため、銀行が潰れれば預金はすべて消滅する。とはいえ、それでは誰も銀行など信用しないので、保険によって1000万円まで保障される仕組みになっておるが、全額は保障されておらんのじゃよ。それでも預金は法貨に準じる信用があるとされており、狭い意味では「現金」と「銀行預金」だけがおかねじゃ。じゃから狭い意味では電子マネーも仮想通貨もおカネではない。

(ねこ)
ふ~ん、電子マネーも仮想通貨も狭い意味ではおカネではないのにゃ。現金・預金でない限り正確にはおカネではない。でも広い意味ではおカネなのかにゃ。

(じいちゃん)
左様じゃ、というのも法律で決められたおカネでなくとも、おカネと似たような機能を持ち、おカネと同様に利用できるものがあるなら、それは広い意味では「おかね」と言えるじゃろう。じゃから広い意味では電子マネーや仮想通貨もおカネと言えるんじゃ。ただし、同じおカネと言ってもその仕組み(システム)は銀行預金、電子マネー、仮想通貨では大きく異なっておる。だから社会や経済に与える影響もそれぞれに違っておる。ワシらはおカネを利用者の立場からしか見ないから同じに見えるが、内情はまったく違う。じゃからその仕組みを正しく理解し、批判したり評価したりできなければならんのじゃ。そうしなければ「騙され損」するリスクを負う事になる。

(ねこ)
うにゃあ、世の中は油断ならないにゃ。おカネを使って良からぬことを企む連中がわんさといるんだにゃ。良からぬ事といえば、仮想通貨みたいに勝手におカネを発行すると偽カネ作り(通貨偽造)で捕まらないのかにゃ。

(じいちゃん)
素朴に考えるなら誰しもそう思うじゃろう。しかし法的に信用があるおカネは現金と預金だけじゃ。じゃからあくまでも日本銀行券に似たデザインの偽物を作れば通貨偽造(偽カネ作り)になる。これらは作っただけでも社会を混乱させるので有罪じゃな。

しかし、法貨と似ていないオリジナルの紙幣を誰かが「これはおカネだ」といって発行しても通貨偽造(にせカネ作り)にはならないんじゃ。玩具メーカーがおもちゃのおカネを印刷するのと同じ。だれもそんなものは信用しないからじゃ。ただしその紙幣を使って誰かに損害を与えるのであれば詐欺罪になるじゃろう。現金や預金と絡めば出資法や資金決済法などに抵触する可能性がある。しかしいずれも偽カネ作りではないのじゃ。

(ねこ)
う~ん、どうもしっくり来ないにゃ。

(じいちゃん)
そもそもおカネとはなんじゃろう。仮に誰かが「おもちゃの紙幣」を発行して、これを買う人が居たとしても、それは「おもちゃの紙幣」という商品を買うだけの行為に過ぎないんじゃ。だからおもちゃの紙幣を印刷することは商品の生産であって、違法でもなんでもない。だから仮想通貨を作ってこれを誰かに売ったとしても違法ではない。

そして、もし「おもちゃの紙幣」を使って商品の売り買いに応じる人がいたとしても、それは違法ではない。たとえば大昔は「貝殻」がおカネとして使われていたらしい。貝殻そのものにはほとんど価値は無いが、それをおカネとして利用できる。「商品を交換する手段として貝殻を利用しよう」という互いの合意、信用があれば成り立つんじゃ。同じようにおもちゃの紙幣であっても互いの合意と信用があればおカネとして利用することができる。こうしておもちゃの紙幣は「おカネ」になる。

とはいえ、おもちゃの紙幣は簡単に偽造できてしまうから現代社会では信用されない。だからおもちゃの紙幣が現実におカネとして利用されることはあり得ないのじゃよ。しかし例えば仮想通貨であれば偽造はほぼ不可能じゃ。じゃからおカネそのものの信頼性は高い。あとは「商品を交換する手段として仮想通貨を利用しよう」という互いの合意、信用があればおカネとして成り立つんじゃ。

(ねこ)
う~ん、法貨としてのおカネと広い意味でのおカネが頭の中でごちゃまぜになって混乱しているにゃ。それをわけて考えなくちゃダメってことなんだにゃ。難しいにゃあ。

(じいちゃん)
左様じゃ。狭い意味での法定通貨であれば、それは何も考えることなく「おかね」じゃ。単純明快で誰でもわかる。じゃが広い意味でのおカネとは「おカネとしての機能」から考えて判断するから難しい。極端に言えば合意と信用があれば何でもおカネとして利用できる。ケチャップでもおカネとして利用できる。

(ねこ)
ところで、銀行預金、電子マネーと仮想通貨の違いはなにかにゃ。

(じいちゃん)
おお、前置きがえらい長くなってしまったの。まず銀行預金じゃが、これは市中銀行が信用創造によって作り出すおカネじゃ。すでに本サイトで何度も説明しておるが、世の中に流通している通貨の大部分は現金ではなく預金であり、これは銀行が発行したおカネなんじゃよ。発行の仕組みはこうじゃ。ある企業がおカネを借り入れたいと銀行に申し出ると、銀行は預金を発生して企業の預金口座に振り込む。つまり貸し出しの際に預金が発行されることになる。従って逆に言えば、返済の際に預金は消滅するのじゃ。企業が借金を返済する際、預金は銀行に戻されると同時に消滅することになる。この仕組みは電子マネーや仮想通貨とまったく異なる。そして銀行が貸し出しをすると世の中のおカネの量(預金の量)は増加する。

ところで、預金はすでに電子化されていて、ほとんどが電子的に取引されておる。ワシらは銀行振込みで給料を受け取ったり商品を購入したりしておるが、それは預金を電子的に受け取ったり払ったりすることで成り立っておる。その点においては電子的に取引ができる電子マネーや仮想通貨と違いはほとんどないのじゃ。もちろん電子取引の技術的な仕組みは大きく異なっておるが、今回の主旨から外れるので技術的な違いは省略する。今回はおカネとしての本質的な違いを考えるのじゃよ。

(ねこ)
電子的に取引される意味では預金も電子マネーと同じだにゃ。何が違うのかにゃ。

(じいちゃん)
電子マネーは発行の仕組みが銀行預金と大きく異なる。あくまでも新たにおカネを作り出すものではないのじゃ。電子マネーは法律的に「前払式支払い手段」であり、商品券と同様とされておる。ただし支払い手段として利用できる点はおかねに似ているから、広い意味ではおかねだと言えるじゃろう。発行の主体は銀行ではなく一般の企業が発行元になる。発行の仕組みはこうじゃ。誰かが電子マネーを買いたい(チャージしたい)と要求すると、電子マネーの発行元が現金・預金と引き換えに同額の電子マネーを発行して渡す(カードに書き込む等)。発行元がこのときに受け取った現預金は売り上げではなく預かり金じゃ。ここがポイントじゃよ。

売り上げ金だったら、このおカネは発行元の好き勝手にできるが、そうではないのじゃ。この電子マネーを使って誰かがお店(加盟店)から買い物をした後で、お店はお客から受け取った電子マネーを現預金に替える必要がある。電子マネーのままだとお店の経費や給料を仕入先や従業員などに支払うことはできないからな。じゃから発行元に電子マネーと現預金の交換を求めてくるんじゃ。その時のために預かったおカネを保管しておかねばならんのじゃよ。そしてお店が電子マネーと現預金を交換する際にお店から支払われる利用手数料が発行元の売り上げになるんじゃ。元に戻ってきた電子マネーは用済みになって消えることになる。

(ねこ)
うにゃ、電子マネーを発行するといっても、発行元は現金・預金を預かっているだけなんだにゃ。そういう意味じゃおカネは発行していないと言えるにゃ。

(じいちゃん)
そうじゃな、今のところ電子マネーはあくまでも消費者がお店から商品を買うときに使えるだけじゃ。お店は電子マネーをそのまま仕入先や従業員への支払いに使えない。電子マネーを発行しても、その分だけ預かり金として発行元に保管される預金が増えるだけじゃから、いくら電子マネーを発行しても自由に流通するおカネの量が増えることはないのじゃ。

(ねこ)
そうかにゃ、んじゃ仮想通貨はどうなのかにゃ。

(じいちゃん)
仮想通貨はさっきの話しに出てきた「おもちゃの紙幣」に近い存在じゃ。つまり仮想通貨の発行は商品の生産のようなものじゃよ。発行の仕組みは単にそれを作り出せば発行したことになるんじゃ。銀行預金のように誰かに貸し出す際に発生するとか、電子マネーのように誰かの現預金を預かることで発生するんじゃない。おもちゃの紙幣と同じで、単に仮想通貨を1000単位なら1000単位つくるだけ。ただし作っただけでは価格が何も決まらない。市場取引において「仮想通貨1000単位を10円で買います」という人がいると、取引が成立して仮想通貨1単位=0.01円と仮想通貨の価格が決まるんじゃ。だから仮想通貨の価格(=現金との交換レート)は市場原理によって常に変動する。

それに対して預金はそもそも法定通貨と同様だから現金と同じ価格なのは当たり前じゃな。預金1円=現金1円は当然なんじゃよ。また電子マネーはあくまで預かり金じゃから、電子マネー1単位=1円は当然なんじゃ。これが勝手に増えたり減ったりすると、預けている意味がないからのう。

(ねこ)
うにゃああ、仮想通貨は銀行預金や電子マネーとは似ても似つかないんだにゃ。なのに、なぜ「おカネ」と考えられているのかにゃ。

(じいちゃん)
さっきも貝殻のおカネで説明したとおりじゃ。つまり「仮想通貨はおカネである」と互いに合意してモノやサービスの売買に応じる人が居れば、それはおカネとして機能するんじゃ。仮に仮想通貨を現預金と交換しない前提の場合でも、その仮想通貨で売買に応じる人が居ればそれだけで通貨として機能する。とはいえ仮想通貨を商品の売買に利用する人はまだまだ限られておるから、お店などは電子マネーと同じように現預金との交換を前提として受け入れているのじゃ。そこで現預金との交換レートが重要になってくるわけじゃな。

しかし現預金に替えることを前提とする場合、仮想通貨にあまり急激な価格変動があると困ってしまう。確実にレートが上がり続ければ良いが、下がった場合は下手をすると赤字になってしまうからじゃ。その意味では仮想通貨は不安定な存在じゃな。しかし価格が安定してくれば、おカネとしても安定して利用可能になるじゃろう。そして電子マネーがあくまでも預かり金と引き換えに発行されるのに対して、仮想通貨は無制限に発行できるから、爆発的に世の中のおカネが増える可能性があるのじゃよ。

(ねこ)
仮想通貨を発行することは、おカネを発行することになるのかにゃ。

(じいちゃん)
その通りじゃ。仮想通貨が普及してくると世の中のおカネの量が爆発的に増える可能性がある。それはなぜじゃろうか。仮想通貨の発行段階での価値はゼロじゃ。これを誰かに売ると発行元は現預金を手に入れる。これは預かり金ではなく売り上げに該当するじゃろう。じゃから発行元はこの現預金を保管することなく自由に運用することができる。加えて、市場に出回った仮想通貨が取引に利用されるようになると、これは事実上おカネとして機能することになる。じゃから、仮想通貨の発行分だけ世の中のおカネが増えることになるんじゃ。

おまけに、もしある仮想通貨が非常に大きい信用力を持つようになるとどうなるか?その仮想通貨の発行元は仮想通貨を新たに発行するだけでモノやサービスを買うことができてしまうじゃろう。カネを発行しただけで何でも買える、つまり特定の個人(あるいは集団)が通貨発行益を私的に独占するようになる可能性もあるのじゃ。

もちろんそれは仮想通貨による取引が活発になり、仕入れや賃金の支払いまでもが仮想通貨で行われるようになった段階での話じゃ。今は仮想通貨の値上がり益を目論んだ仮想通貨そのものの転売が主流じゃから、発行元が丸儲けする異常な事態はあるものの、まだ社会全体に及ぼす実質的な影響はかなり小さいと言えるじゃろう。

(ねこ)
にゃるほど、今まではおカネと言えば「法定通貨」のことだったから、おカネを発行するのは日銀や市中銀行だけだったにゃ。でも今や仮想通貨みたいに「法定通貨とは無関係のおカネ」が出現して、ある意味では誰でもおカネを発行できる世の中になったんだにゃ。すると無制限におカネが増え続ける可能性もあるんだにゃ。これからどうなってしまうのかにゃ。

(じいちゃん)
ほっほっほ、これは笑い事では済まされないかも知れないのう。法定通貨を含めて通貨の大競争時代になるかもしれない。じゃが法定通貨は法治国家における契約や経済の基盤を担う制度じゃから、法定通貨が無意味になれば法律も無意味になる恐れがある。政府は私的な仮想通貨に負けない機能性の高い通貨システムを国民に提供し続ける義務があるじゃろう。

そのためにはベーシックインカムが重要になると考えておる。つまりベーシックインカムをシステムとして組み込んだ「政府仮想通貨」が必要とされる時代になると思うのじゃ。その構想についてはまた後日に述べたいと思うのじゃよ。

(ねこ)
そういえば、銀行が仮想通貨を計画していると聞くにゃ。銀行の仮想通貨は1単位=1円になるらしいけど、ビットコインのような仮想通貨とは違うのかにゃあ。

(じいちゃん)
これがまたややこしい話じゃな。銀行の仮想通貨はビットコイン等のいわゆる元祖・仮想通貨とは「技術的に同じ」じゃが「機能的には違う」のじゃよ。仮想通貨はブロックチェーンと呼ばれる技術を利用した送金システムによって成り立つ。銀行の仮想通貨もブロックチェーンの技術を利用した送金システムを利用する点で同じなので、銀行の仮想通貨も仮想通貨と呼ばれるのじゃ。

しかし銀行の仮想通貨の発行の仕方は元祖・仮想通貨とは異なり、おそらく電子マネーと同じ仕組みになるはずじゃ。まだ実際に運用されておらんのでハッキリは言えないが、電子マネーと同じ「前払式支払い手段」じゃと思う。なぜなら1単位=1円と固定されておるからじゃ。これは仮想通貨と現預金を等価交換することを前提にしておる。もし本来の意味での仮想通貨であれば交換レートは市場原理によって変動する。銀行の仮想通貨は仮想通貨の技術を利用した電子マネーの一種なんじゃ。じゃから銀行の仮想通貨を仮想通貨と呼ぶのは誤解を招くので止めたほうが良いと思う。銀行チェーン通貨とか、VRマネーとか、呼び方を変えたほうが良いじゃろう。

(ねこ)
うにゃあ、ややこしいにゃあ。ところで銀行は本当の意味での仮想通貨を発行しないのかにゃ。変動レートの仮想通貨を発行しないのかにゃ。

(じいちゃん)
ほっほっほ、それをやると銀行が丸儲けになるじゃろう。銀行の信用力は絶大じゃ。じゃから銀行が変動レートの仮想通貨を発行すれば高値で売れるじゃろうから、銀行は莫大なおカネ(現金)を手に入れることができる。あるいはそれは民間銀行が中央銀行に代わって通貨を発行することを意味する。そんなことがあって良いじゃろうか?それは政府も理解しておるはずじゃから、許可しないと思うのじゃ。

仮想通貨はまだ始まったばかりじゃから、ワシも仮想通貨をどう評価すべきか、あるいは仮想通貨をどのように改善すれば、特定の個人の利益ではなく広く公益に奉仕する制度に変える事が出来るか悩んでおる。多くの人は仮想通貨を使い勝手や技術の側面から考える。しかしワシは通貨制度の根本的な課題、つまりこれまで実現が難しかった、あるいは禁じられてきた「私的貨幣」とりわけ裏づけの一切無い私的貨幣をどのように位置づけるかの問題だと考えておる。

みんなも仮想通貨の登場を機会に、おカネのありかたについて良く考えて欲しいと思うのじゃよ。おカネは経済にとって、またワシらの生活にとって非常に重要な意味を持つから、これを十分に理解できなければ「搾取されて人生を終わる」ことにもなりかねんのじゃよ。

(本編サイトにも同時掲載)



2018年2月8日木曜日

賃金の伸び悩みは生産性が原因ではない

新聞マスコミは、生産性の伸びが低いために賃金が伸びないのだと主張する。しかし生産性が伸びない理由はモノが売れないからです。デフレつまり「循環通貨の不足」が根本的な原因と考えられます。

一般に「生産性」とは労働生産性を指します。しかし、何度も指摘していますが、労働生産性には「物的生産性」と「付加価値生産性」の二種類があります。そして物的生産性と付加価値生産性は似ているようで、実は大きくちがう概念です。にも関わらず新聞マスコミは場面ごとに両者をきちんと使い分けするのではなく、どの場面でも単に「生産性」と書くことで、意図的に両者を混同させているのです。

それを踏まえた上で言えば、いくら企業が投資したり、労働者が効率的に仕事をして「物的生産性」を高めたとしても、モノやサービスが売れなければ「付加価値生産性」は1円も増えないのです。なぜなら付加価値とは売り上げが増えることで増加する性質だからです。

生産性(付加価値)は、モノが売れなければ伸びないし、
当然ながら賃金(名目)が増えるはずないのです。

しかし、新聞マスコミはそこには触れません。そしてマスコミは企業や労働者に努力を要求します。生産性を高めろと主張します。しかし、冷静に考えれば誰でもわかることですが、いくら企業や労働者が努力したところで、国民に十分な購買力がなければ売り上げが増えるはずがないのです。

仮に前世紀(1900年代)のような「一億総中流」の社会であったなら、企業や労働者の努力が付加価値生産性を高めるかも知れません。なぜなら国民の多くが「小金持ち」だったからです。商品があればどんどん売れたのです。しかし労働者の賃金は失われた20年で減り続け、しかも「カネのある層」と「カネのない層」が生じてきました。今や総中流はおろか、むしろ「カネのない層」が多いのです。

おカネがないから商品が売れない。そんな世の中であれば、一体、どこの企業が設備に投資するというのでしょうか。一体、どこの企業が従業員の賃金を引き上げるというのでしょうか。

商品が売れなければ賃金は増えません。
商品は国民におカネがなければ売れません。
そうであるなら、国民におカネを配れば良い。

新聞マスコミは、こうしたあたりまえの考察すら怠り、ただ既存の常識に染まりきった頭で、条件反射的に口から出てくる言葉を記事にしているだけとしか思えません。所詮、「カネのある層」であるマスコミ人には「危機感」が無いのでしょう。

生産性を高めるには、まず国民の購買力を高めるべきです。そうすれば間違いなく「付加価値生産性」は向上し、労働者の賃金も確実に伸びてきます。もちろん申し上げるまでも無く、デフレから完全に脱却できるでしょう。

2018年2月6日火曜日

景気が良くなるほど借金が増える通貨制度

普通の人はこう考えます。「景気が悪くなると世の中の借金が増え、景気が良くなると世の中の借金が減る。」しかし実際には景気が良くなるほど借金は増えるのです。

確かに、私達の身の回りでは、景気が悪くなると生活に困って借金する人が増え、景気が良くなると生活が楽になって借金する人が減りますその日常経験から、大多数の人は「景気が回復すると世の中の借金が減る」と考えているでしょう。日常体験だけで経済を考えるならそうなります。

ところが、バランスシートから経済をマクロ(全体)として考えると、人々の日常感覚とはまったく逆の現象が生じています。すなわち「景気が回復すればするほど、世の中の借金がどんどん増える」のです。

これは、ちょっと金融緩和政策について考えてみればわかることです。金融緩和は何をしているのでしょうか?世の中におカネを流していると思ったら大間違いです。銀行の貸し出し元本を増やしているだけです。そして、これは新聞テレビでも言ってますが、「企業が銀行からおカネを借りて投資すると景気が良くなる」。つまり金融緩和とは借金を増やすための政策なのです。

景気が良くなる=企業の借金が増える。

企業だけではありません。景気が良くなると耐久消費財である自動車やマンションなどの売れ行きが良くなります。とはいえ、即金でポンと買う人はまれであり、ほとんどがローンで購入します。ローンとは借金です。借金が増えることを意味しているのです。

景気が良くなる=個人の借金が増える。

というわけですから、景気が良くなるほど世の中の借金はどんどん増え続けます。その結果、もし日銀が金利を引き上げ(=出口戦略)たらどうなるか?たちどころに、借金の「金利支払い」が企業や家計に重くのしかかります。その結果、投資や消費が減って不況に突入します。景気が良いほど借金の額も大きく膨らむわけですから、好景気ほどその反動は大きく、借金の返済により多くの時間がかかり、長期不況になります。たとえば、バブル景気の後の失われた20年のように。

いい加減に、こういうバカバカしいマネーゲームは止めにしませんか?これらの原因である現代の通貨システムを改革しましょう。

2018年2月2日金曜日

国民が理解できない通貨制度は良い制度か?

おそらく90%以上の国民は通貨制度を理解していないでしょう。もしマネタリーベースとマネーストックを知らない人がいるとすれば、その人は確実に通貨の仕組みを理解していません。そんなややこしい通貨制度で良いのでしょうか?

国民にわかりやすい通貨制度とは、どんなものでしょう。おそらく「政府(日銀)がおカネを発行して、それが世の中に流通する」というものです。そして多くの国民は、今の通貨制度はそうなっていると信じているでしょう。実際にはまったく違います。

もし日本銀行の発行したおカネがそのまま世の中に流通している制度であれば、そもそもマネタリーベースとマネーストックという言葉は生じないからです。

現在の通貨制度は、およそ国民の感覚とはかけ離れた制度ですから、国民が普通に考えている通貨制度に「戻す」必要があると思います。そうすれば、誰でもおカネの仕組みを理解できます。そうすれば、マネタリーベースを増やすことが、世の中のおカネを増やすことだと誤解して大騒ぎする人は出てこないのです。その方法はすでにフィッシャーやフリードマンら著名な経済学者によって示されています(100%マネー制度)。

現在の通貨制度は複雑すぎるため、これを理解することは一般の国民にとってハードルが高すぎます。国民の理解できない難解な通貨制度を使って経済を動かすことは、ある意味で「危険だ」と言えます。知識のない大衆は、専門家の舌先三寸で、どうとでも騙されてしまうからです。逆に言えば、為政者にとって国民を煙に巻きながら自分達の都合の良い方向へ政治を動かすには、これほど良い方法はないでしょう。

民主主義が有効に機能する条件は、政治や社会のシステムを誰でも理解することができ、それらを理解したうえで、国民が政治判断できることです。国民が理解できないような難しい制度を前提として政治を行うことは、民主主義が機能しているとは言えないでしょう。

ビットコインと呼ばれる仮想通貨が登場し、「貨幣」に関する既存の概念も大きく変化する兆しが現れてきています。まさにいま、通貨制度において、古い時代から新しい時代への変化が求められていると受け止めるべきだと思うのです。

2018年2月1日木曜日

極度のグローバリズムは必要ない

労働者が豊かな生活を送るためには、最大までグローバリズムを推し進める必要はありません。むしろ国内のおカネの循環を最大まで高める方がより効果的です。

長年の人生経験で理解したことは、労働者により良い生活を実現するためには、最大までグローバリズムを推進することで資源の効率的利用を極限まで高めることよりも、国内のおカネの循環を最大化することにより、国民の隅々にまでおカネを行き渡らせることが効果的であり、必ずしも最大までグローバリズムを求める必要はないということです。

しかし、「グローバリズムを最大まで推し進める必要は無い」と主張すると、なぜか「それは鎖国するということか」「孤立主義だ」とすぐに極論を言い出す連中が出てきます。特に新聞マスコミがそうです。だれもそんな極端な話をしているのではありません。

今日の世界において孤立主義など成立しません。世界の国々はそれぞれの国土で生産・産出できる資源に偏りや多寡があります。ゆえに多国間においてそうした資源の交換が必要不可欠であることは当然だからです。また文化交流、学問的な交流は、それこそ相互の文化や学問の向上に役立ちます。そのようなグローバリズムは最大化すればよいのです。

しかし、資本主義的なグローバリズムを最大化しなければ互いの社会が成り立たないわけではありません。確かに資本主義グローバリズムを最大化すれば資源の利用効率は間違いなく高まります。しかし、それが必ずしも多くの人々の生活向上に役立つとは限らないことが、この失われた20年の間に理解されたことでしょう。

日本においてこの失われた20年の間に資本主義グローバリズムは確実に拡大しました。農産物等を除いて関税はほぼ無くなりましたし、資本のグローバル化によって日本の工場の多くは中国などの途上国に移転しました。

しかしその間、労働者の賃金は減り続け、非正規雇用が増加し、ブラック企業が跋扈し、格差が拡大し、子供の6人に1人が貧困という社会になったのです。

ですからグローバリズムを最大化することが労働者の生活向上に結びつくとは限らないのです。むしろ国内のおカネの循環を向上させ、景気を良くすることがはるかに効果的です。しかも輸出の拡大による景気回復は、自由貿易による資源利用の効率化の恩恵とは限りません。むしろ輸出によって国内のおカネの循環が増加することでもたらされていると考えられます。貿易は国内のお金の循環を増やすための手段に過ぎない可能性もあるのです。

グローバリズムは確かに必要ですが、必ずしも資本主義的なグローバリズムを最大化する必要はありません。むしろ深く考えもせずに「グローバリズムを最大化することは良いことだ」とするならば、たとえグローバル資本が儲かったとしても、それが一般庶民の生活向上に結びつくとは限らないと思うのです。